<ノジマチャンピオンカップ箱根 シニアプロゴルフトーナメント 最終日◇17日◇箱根カントリー倶楽部(神奈川県)◇7060ヤード・パー71>
20年近く抱えるドライバーイップスと向き合いながら、今季国内2戦目でシニア初優勝を遂げた髙橋竜彦。「まだ半分は不安を持っている」というなかで、どのように優勝をつかみ取ったのか。
2006年の国内メジャー「日本ゴルフツアー選手権」で通算2勝目を挙げた。そのわずか2年後。「打てない。手が震えてティアップもできない」とドライバーイップスに陥った。08年の秋以降、10戦中9試合で予選落ちを喫するなど、賞金ランキングは81位でシードを逃した。
国内メジャー優勝で5年の複数年シードを保持していたため、11年まではフル参戦した。09年は20試合中、予選通過は3試合。10年は20試合すべて予選落ちというどん底を味わった。
その後下部ツアーを中心に戦ったが、40代後半になると「シニアでもう一度」と決意を固める。上田桃子らを指導してきた大学の後輩でもある辻村明志コーチと技術の再構築を始めた。基本をチェックしたり、得意のアイアンショット以降にフォーカスするなど、ドライバーにばかり注力しないようにもした。
「怖くなると、どうしても体が先行して開いてしまう。すると辻が『左の壁を大事にしろ』と言ってくれます。昭和的な発想なんですけど、僕らって昭和でゴルフを覚えたし、そういう感覚が必要だなと思う。ジャンボ(尾崎)さんも同じようなことを言ったりするので」。データを駆使してスイングを見つめる時代になっても、“昭和の言葉”が髙橋には響いた。
昨季は「佐世保シニアオープン」で4位タイ、「ファンケルクラシック」で5位タイに入り、光が差し始めた。そして昨年12月から取り入れたのが、メンタルトレーニングだ。10日に1回ぐらいのペースでオンラインミーティングを行っているという。
「緊張した場面では目を動かしなさいとか、体を揺らしてみなさいという対処法を教えてもらいました。きょうは最後に生きましたね。それに、不安になったときにスイングの形を自分でコントロールしようとするのは絶対によくない。だから形じゃなくて、リズムと自分のイメージだけ持つようにと言われています」。緊張や不安をスイングに出さないための対処法もうまくハマった。
また、“経験者”の先輩から学ぶものも多かった。イップス発症時には永久シード選手で過去に同じような経験をしている倉本昌弘が、親身になってさまざまなアドバイスをくれた。今でも食事に誘ってくれる。もう一人は、極度のイップスから復活の道を駆け上がる田中秀道だ。
国内ツアー通算10勝を挙げ、米ツアーでもシード保持経験のある実力者ながら、米参戦時の05年頃からショットイップスが発症。OBが止まらず“100”を叩く経験もした。2024年には約10年ぶりに競技でアンダーパーをマークし、25年はトップ10入り3回をマークした。この試合でも4位タイに食い込んでいる。
田中の姿を見て、昨年から毎週、一緒に練習ラウンドをしているという。「イップスの感覚は、やっぱり普通の人じゃ分からないモノがあるんです。秀道さんと一緒にラウンドさせてもらって勉強しています。前向きにゴルフをやっていますし、僕とは比べモノにならないぐらいの偉大な人なので。そういう人と一緒にやれたというのは大きいです」と、先輩から多くのモノを吸収できたことが、シニア初優勝につながった。
そして“弟子”の存在も大きい。国内で1、2を争う飛距離を持つ24歳・出利葉太一郎(いでりは・たいちろう)。出利葉の父と髙橋は高校時代、一緒にゴルフをやっていたという縁があり、スイングチェックやゴルフを教えるようになった。出莉葉が「第二の父親」と呼ぶほど公私にわたって面倒をみている。
「太一郎をみるからには、『いろいろ言う割には全然できないじゃないですか』っていわれるのは…。自分もやらなきゃっていう気持ちがやっぱり、すごくあります」。弟子に背中を見せるためにも、師匠は戦う気持ちをしっかりと持つようになった。
「今年は二人で優勝しようと話していたので、あとで“お先に”って言ってやろうと思います」。優勝という結果を出して、弟子に発破をかける。
レギュラーツアーで2勝目を挙げてから20年。「長かった。いろいろあったどころじゃないですよね。いろんな人に助けてもらいました」。10年以上、キャディとしても支えてくれた女子プロの葉月夫人に優勝を見せられたことを、特に喜んだ。
イップスになってから、何度もゴルフをやめようと思った。何度も折れそうな、いや折れていたかもしれない心を立て直して、ここにたどり着いた。「諦めずに、好きなゴルフを、上手くなろうと思ってやってきた。それが少しは報われたと思います」。やめなくて良かったーー。この言葉に尽きる復活優勝だった。(文・小高拓)
