<ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ 最終日◇10日◇茨城GC西コース(茨城県)◇6718ヤード・パー72>
残り1メートルのウイニングパットを決める直前、河本結の母・美由紀さんは涙を拭った手を合わせ、祈るようにグリーン上を見つめていた。娘が両手を挙げて喜ぶ姿を見届けると、すぐに「やったー」と歓喜。そしてアテストに向かう時、親子はかたい抱擁を交わした。この時、娘から思いを込めた「ありがとう」の言葉。それを聞くと、母は涙をこらえることができなかった。
今年の母の日は、河本家にとって特別な一日になった。ただ、そこにたどり着く道のりは、決して楽なものではない。5番パー5では、58度で打ったピン横11ヤードからの3打目アプローチを直接決めてイーグルを奪い、大歓声を浴びたが、その後は、後続を突き放しながらも、15番のホールインワンなど2イーグルを奪い猛追してきた鈴木愛らと並ぶ時間も過ごした。ただ、27歳になった河本は「人のスコアを意識することはなかった。自分がどうアンダーパーであがるかを考えていました」と冷静だ。
「すごく大人になった」と振り返るシーンがある。それがトータル3オーバーの首位タイで迎えた17番パー5。残り86ヤードから58度で打った3打目を30センチにつけ、勝ち越しに成功したホールだ。このスーパーショットはコースを沸かせたが、本人はそこにつながるセカンドショットに価値を見出した。
「残り230ヤードくらいで、木があって、UTで打てばグリーン近くまではいける。ただ(無理に狙って)ラフからの3打目になるとフォローが吹いて難しい。だからフェアウェイに刻んだ。若い頃なら絶対にガンガンいってました。あそこで7番アイアンで刻めたのは、今週のコースに向いていたマネジメントだし、いいメンタル状態でした。デビューしてから何年もやってきたことが、身になってるんだなと思えた。成長を感じられたのがうれしかった」
そんな“成長”した姿を、これまで一番近くで支えてくれた人の目にも焼き付けることができた。河本にとって母は「尊敬している憧れ」の存在。「お母さんという感覚がなくて、友達みたい。美由紀ちゃんって呼んでるし、ゴルフの話もすれば、プライベートのことも相談する。自分に子供ができた時にも、そうやって過ごせるようになりたい」。
そんな最愛の母だが、ゴルフへの助言は厳しい。「『死ぬほどパターの練習をしろ』とか言われます」。もちろんそれが「そう言ってくれる人が近くにいないとダメだし、言い続けて欲しいです」という "愛ある言葉”なのは理解している。
2020年から米国で戦ったが、翌年に撤退するという挫折も味わった。そこからは日本でシードが取れない時期も続いた。母はこの時期を思い出すと、「何もしてあげることができず、つらかった」と言葉を詰まらせる。時に厳しい言葉を送るが、こんな想いも胸に秘めている。「そんなにストイックにしなくても、もう少し緩めてもいいんじゃないか」。その努力がメジャー優勝という、大きな実になったことも知っている。
河本が今、目指しているのは「年間女王」。そのためにメンタルトレーニングから歩く姿勢など、“これだ”と思うものは自分の生活に取り入れ、節制することもいとわない。「準備でしか差が出ない」というのが今、大事にしていること。試合中の食事は、オフにアスリートフードマイスターの資格を取得したマネジャーによって作られたものを摂り続けている。「夏バテするので、そこで(これまでとは)変わると信じてます」。女王になるためには、1年間通じての活躍が不可欠だ。
「裕福な家庭ではないなか、私と弟(プロゴルファーの力)がゴルフをするため、貯金を崩しながらやってくれた。感謝しています。母が強いので、そのタフなメンタルは受け継いだと思っている。生まれ変わっても、私の母でいてほしい。大好き。愛してる」
今回の優勝で3年間の複数年シードを手に入れたが、米国再挑戦について聞かれても「今は年間女王になることしか考えていない。それを達成したら考えるかも」と覚悟を決めている。メジャー優勝で400ptを獲得し、メルセデス・ランキングは5位まで浮上した。母は「最高の娘です」という言葉を送る。これからも大事な家族の支えを受けながら、目標に向かって“ストイック”に邁進していく。(文・間宮輝憲)
