<前澤杯 最終日◇26日◇MZ GOLF CLUB(千葉県)◇6652ヤード・パー72>
1.2メートルのウイニングパットを沈めると、米澤蓮はその場に立ち尽くした。歩み寄ったキャディのゲーリー・マクガート氏の胸に顔をそっと預け、顔を見合わせてほほ笑み合った。
「いつ勝てるのかなって、次勝てるのかなって思っていた。お互い、『やっとだね。やっとだよ、やっと…』みたいな(笑)。そういう感情でした」。2024年の「横浜ミナト Championship」以来となるツアー通算3勝目。喜びは、言葉以上に大きかった。
2位に1打差の単独首位で迎えた最終日。1番パー5から2オンし、2パットのバーディ発進を切った。その後も3番で約1メートル、5番で3メートルを沈めてスコアを伸ばし、8番パー5では2打目を5メートルにつけてバーディ奪取。トップを守ったまま後半へ向かった。
バックナインでも12番から連続バーディを奪ったが、17番ではティショットを右に曲げて、難しいライに行くなどしてボギーを喫した。そのときの心境は「やっちまったな…」。
さらに、米澤が17番でパーパットを打つ前に18番から「ナイスバーディ! とすごい歓声が聞こえてきた」と2つ前の組で回っていたソン・ヨンハン(韓国)がバーディ締めし、トータル23アンダーで米澤と並んだ。迎えた最終18番パー4では、2打目が左のエッジで止まり、ピンまで約8メートル下りから2パットのパー。そしてプレーオフへともつれ込んだ。
1ホール目でヨンハンが先にバーディパットを外すと、米澤は1.2メートルを沈めて決着をつけた。グリーン脇では仲間からウォーターシャワーで祝福を受けた。この1勝は、これまでとは意味が違う。2年前に発症した帯状疱疹の影響で坐骨神経痛を抱えながらの戦い。前戦「東建ホームメイトカップ」では痛みにより途中棄権を余儀なくされた。
「いや、もう、苦しいゴルフしかなかった。この2年優勝はなかったですし、いい状態でやれた試合がなかった。それでもいいプレーが出来ていたところは自信にはなりましたけど。どちらかといえば、僕は突き詰めて物事をやりたいタイプだと思っていて、どうしてもミスが許せなかった」
ストイックな性格から、感情的になることも多く、「自分の弱い面」が出ることも多かった。「あまり自分にプレッシャーをかけすぎないとか、受け流すような力も必要」。そんな悩みがあったなかで、前向きになれたのは、JGAナショナルチーム時代から師事しているガレス・ジョーンズ氏の存在だった。
「一番何でも気にせず相談できるのは、今のコーチであるガレス・ジョーンズさん。10年ぐらいの付き合いになりますけど、コーチとしてではなくて、一人の人間として相談ができて、励ましてくれる。お互い年齢とか立場とか関係なく話せる“お父さん”みたいな存在。『また頑張ろうかな』っていう気持ちにさせてくれる」。約10年の信頼関係が、苦しい時期を支えてきた。
昨年は23試合でトップ10入り10回。優勝争いも経験したが、あと一歩届かなかった。悔しい経験から得た、考え方があった。以前であれば、首位で迎えた最終日の前日などに「あしたすごく勝ちたいな、とばかり頭に浮かんでいた」と自身にプレッシャーをかけていた。
「それが昨年優勝争いをしていて感じたところで、勝てなかった原因だと思う。結果にこだわりすぎてしまって、本来やらないといけないところだったり、見ないといけないところが抜けちゃっていた」と分析。
そこで「きょうは『65でも75でも一緒。悪くても、一打でも、しっかり戦っていく』という意識にしました」。結果に縛られない“勝てる思考”が、最後の一打まで自分を支えた。
単独首位での最終日進出は自身初だった。持病の不安を抱えながら得た、初めての逃げ切りV。目標として掲げる“年間王者”へ向け、大きな一歩となる勝利だ。(文・高木彩音)
