アーマーの「23」をカウントしないとすれば、次の最多スコアは「19」。これは3人の選手が該当する。レイ・アインズリー(1938年「全米オープン」)、ハンズ・メレル(1959年「AT&Tペブルビーチプロアマ」※当時はピング・クロスビー・ナショナルプロアマ)、デイル・ダグラス(1963年「AT&Tペブルビーチプロアマ」※同上)だ。
メレルは、オハイオ州出身のティーチングプロでツアーメンバーではない。コースはサイプレスポイントGC、16番パー4でのことだった。フェアウェイの左側には太平洋が広がっており、メレルはティショットをビーチに落とすと、2打目は20ヤード先のアイスプラントの上に乗った。そこから13打に加えて2打のペナルティ、2パットの合計19打でホールアウトした。
その4年後、ダグラスの19打がペブルビーチGLで生まれる。最終ラウンドの10番ホールだ。「あいまいなんだよ」。記者がプレーを振り返るように頼むと、ダグラスはそう答えた。苦難はティショットが崖に着弾したところから始まった。アンプレアブルを選択する代わりにパンチショットをしようとして3度失敗。ようやく球が崖から落ちたと思ったら、海岸に転がっていった。そこではアンプレアブルを選択。同組でプレーしていたジョー・キャンベルはダグラスのために一緒にショット数をカウントしていたが、骨が折れたようだ。2人は19打で落ち着き、ダグラスは結果的に17オン2パットで終えた。
3人目に紹介するのは、カリフォルニア州出身のレイ・アインズリー。コロラド州デンバーのチェリーヒルズCCで行われた、1938年「全米オープン」16番でのことだ。事件が起こったのは2日目。16番グリーンの手前に広がるクリークで、なんと30分を費やした。頑固にも、クリークに捕まった球を水の中から打って打って打ち続けたが、そのたびに球はちょろちょろと数フィートしか転がらず、水に流される始末。そのうち、何打目かは定かではなかったが、川を泳いでいたマスを誤って打ってしまい、なんとそのマスを殺してしまったのだ。アインズリーがピンチから脱したとき、びしょ濡れでウェアは砂と泥まみれ。「19」でようやく終えたが、その日のディナーはマスだったかもしれない。結局、その日は「96」でフィニッシュして予選落ち。第1ラウンドの「76」から20打も転落したが、ビリではない。マイク・パルコ、カルメン・ヒル、メルリン・ルーサー、レイモンド・サルメンは、全員アインズリーより下だった。(Laury Livsey/PGA TOUR)
以下、PGA TOUR史上1ホール最多スコア(※アーマーの23は含まない)
■スコア19:ハンズ・メレル
(1959年 ピング・クロスビー・ナショナルプロアマ16番:ペブルビーチGL)
■スコア19:デイル・ダグラス
(1963年 ピング・クロスビー・ナショナルプロアマ10番:ペブルビーチGL)
■スコア19:レイ・アインズリー
(1938年 全米オープン16番:チェリーヒルズCC)
■スコア18:ジョン・デーリー
1998年 ベイヒル・インビテーショナル6番:ベイヒルクラブ
■スコア17:ジョージ・バイヤー
1957年 ケンタッキー・ダービー・オープン17番:セニカGC
■スコア16:ケビン・ナ
2011年 バレロ・テキサス・オープン9番:TPCサン・アントニオ
■スコア16:ゲーリー・マコード
1986年 フェデラル・エキスプレス・セントジュード・クラシック16番:コロニアルCC(サウス)
■スコア16:エド・オリバー
1954年 ビング・クロスビー・プロアマ16番:サイプレスポイントCC
■スコア15:ビル・コリンズ
1958年 デンバー・オープン17番:ウェルシャーGC
■スコア15:ハーマン・ティシーズ
1950年 全英オープン8番:ロイヤルトゥルーン