<伊藤園レディス 事前情報◇7日◇グレートアイランド倶楽部(千葉県)◇6769ヤード・パー72>
「今の状態でどれだけできるか、自分へのチャレンジ。チャレンジですね。何歳になってもゴルフ以外のことでも、目標に向かってチャレンジする人生がいい。この2年5カ月は抜け殻のような状態でした。目標に向かって仲間とプレーできる幸せをかみしめながら、18ホールを回りたいです」
2022年6月の「アース・モンダミンカップ」を最後にツアーから遠ざかっていた通算18勝の大山志保が、2年5カ月ぶりにコースへ戻ってきた。「チャレンジ」という言葉を繰り返したその理由は、激しい痛みを残したままの復帰を決断をしたからだ。
両足などに痛みが重なり、「トーナメント特別保障制度」を申請したのが22年11月。さらに23年5月にはこの延長を申請し、期限となる今季中の復帰を目指してきた。「もっと早く完治して出場したかった」。しかし、開幕前日に明かされたのは、依然として厳しい状態だった。
当初は、過剰な運動や負荷が原因とされる『種子骨障害』と診断されたが、やがて症状は手や顔を含む全身に広がり、激しい痛みを伴うものに。そして“原因不明の病”という診断を受けることになる。
「治療法も確立していない病気で、時間がかかってしまいました。伊藤園だったらギリギリ間に合うかなということで、このタイミングで」。内臓や骨、血液などくまなく検査しても異常は見られなかった。まだ病名が確定したわけではないため、大山の口からそれが語られることはなかったが、『もしかしてこれじゃないか』と、改めて治療が開始されたのが、昨年末から今年のはじめにかけてだった。
そこから薬の投与も試みたが、効果は現れなかった。強い副作用もあったため、9月には投薬も断念して「痛みに耐える」日々を送ってきた。今年の5月頃には、痛みで眠れず、這って家のなかを移動した時期も。「立っているだけでも痛いし、一番つらいのは座っている時。小刻みに動いて痛みを緩和しながら、うまく付き合うしかない」。ゴルフを再開できたのは今年の9月になってから。「パターを打つ時が一番痛いです」。その状態で、コースに帰ることを決めた。
その理由は、「この舞台に立ちたいという思いだけで2年5カ月過ごしてきました。先のことは考えられず、とにかく一日一日、舞台に立つことが目標でした」という情熱から。飛距離も「2クラブほど落ちた」といい、ラウンドも今週の火曜日、水曜日になんとか回った18ホールのみ。それでも「スイングができる、芝生の上を歩ける。ささいなことでも、ゴルフってこんなに楽しいんだって思えました。ショットが曲がっても関係ない。悩めること自体がいいこと」と、幸せをかみしめている。
「ここまで痛みに耐えてきたので…。泣かないです…泣きそうですけど」と言いつつも、久々に会った仲間たちとの時間を思い出し、こらえきれず涙を流した。「うれしくて、みんなに会えて感動で泣くのかと思ったら、楽しくてうれしくていっぱい泣いちゃいました。幸せだなと思います。今も…うれし泣きです」。
今週、そして来週の「大王製紙エリエールレディス」(11月14~17日、愛媛・エリエールゴルフクラブ松山)にも出場予定。シード選手として来季の出場権を得るには、この2試合で優勝が絶対条件となるが、本人はQT出場も視野に入れている。「もちろん考えてます。やる気満々です。完治はしないけど、どれだけできるか」と前向きだ。病気とうまく付き合いながら、それでもプレーする道を選ぶ覚悟だ。
「頭をよぎったこともあります」と、ゴルフをやめることを考えた瞬間もあった。しかし「目標を達成していない」ことが、それを思いとどまらせた。「こうやってゴルフができることが幸せ。当たり前じゃないと感じています」。この試合が終わった後は、再び治療法を模索するための検査も待っている。これまで何度もケガなどの困難を乗り越え、その都度、勝利を手にしてきた“不死鳥”。再び力強いガッツポーズを見せてもらいたい。(文・間宮輝憲)