マスターズで史上4人目の連覇を達成したローリー・マキロイ(北アイルランド)。大きな重圧に耐えながら快挙を遂げると、共闘したキャディと熱い抱擁を交わした。名勝負を演じるプレーヤーの横には、いつもキャディがいる。選手を支える重要な存在だが、いま日本国内ではなり手が減少しているという。20代で活躍する若手キャディに話を聞いた。(取材/文・高木彩音)
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ツアープロを支えるキャディは、一般のゴルフ場のハウスキャディさんと違い、『プロキャディ』と呼ばれる。有名なキャディといえば、古くは尾崎将司さんの32回の優勝をサポートした佐野木計至氏だろう。
全盛期のタイガー・ウッズ(米国)にはスティーブ・ウィリアムス氏という名参謀がいた。松山英樹が2021年にマスターズを制したとき、ホールアウト後、コースに一礼をする早藤将太キャディの姿は、世界中から称賛された。プロキャディは世間から注目される存在だ。
そのなか、岩﨑亜久竜の帯同キャディを務める28歳の湯本開史氏は「プロに帯同する若いキャディは不足していると感じています」と、現在の日本国内でのプロキャディ界の人員不足の現状を指摘する。
国内の男女ツアーを合わせれば、1週間で約200人、多ければ300人近い選手が試合に出場するが、それに見合うプロキャディの数は足りていないのが現状だ。キャディ歴10年、20年のベテランは多いが、20代のなり手が少ないという。
そもそもプロキャディになる方法すら知られていないのが実情だ。20代でプロキャディとして活躍する4人に聞いてみた。
■元競技ゴルファーが多く、中には脱サラキャディもいる
4人ともジュニア時代から競技をしていた流れで、キャディの道に進んでいた。ツアープロとして活躍する道は選ばなかったのだろうか? どのタイミングで進路を決めたのだろうか。
今季から米国男子ツアーを主戦場とする平田憲聖のキャディを昨年まで務めていた桑島大紀氏(25)は、現在は男女さまざまなプロのバッグを担いでいる。5歳でクラブを握りプロを志したが、大学時代にスキーでヒザを負傷。競技の道から離れる決断を下した。プロに最も近い立場で関われる仕事として、キャディの道を選んだという。
こんなキャリアを歩むキャディもいる。24歳の伊与翼氏は7歳からゴルフを始め、大学卒業後は福井県の漆器会社への就職が内定していた。2023年の「ダンロップフェニックス」で史上7人目のアマチュア優勝を遂げた杉浦悠太とは、福井工大高校時代の同級生。その大会では、伊与氏がキャディバッグを担いでいた。
杉浦のアマチュア優勝を支えた伊与氏は、高校1年時に同級生である杉浦の実力を目の当たりにし、「プロへの道を断念しました」と早い段階で競技の道を諦めた。日本を代表するトーナメントでの優勝という稀有な経験が転機となり、進路を大きく変更。現在は岡田晃平や政田夢乃、昨年の初優勝を支えた脇元華らのキャディを務めている。
また、サラリーマン生活を送ってからキャディに転身したケースもある。河本結や鍋谷太一らのキャディを務める27歳の小藪誠人(こやぶ・せいと)氏。10歳でゴルフを始め、大学卒業まで約10年競技を続けたが、17年の「RIZAP KBCオーガスタ」で初めて鍋谷のキャディを経験した時に「あ、プロを目指すのは無理だ」とツアープロのレベルの高さを痛感したという。
「正直に言うと、僕は本当にゴルフが下手でした。ジュニアの頃は特にひどくて、鍋谷さんがいたらめちゃくちゃいじられるぐらい。自分が一番、自分の下手さは分かっていました。でも親は『一回始めたならプロテストを受けろ、落ちてもいいから挑戦しろ』というタイプで、辞めたいと思いながらも辞められず、ずっと続けていました」と明かす。
そして、プロになることを諦めて就職を決意し、東京で不動産コンサルタントとして3年間サラリーマン生活を送った。しかし、17年にキャディを務めた鍋谷の父が営むレッスン場にジュニア時代から通っていた縁もあり、インストラクターとしての活動をスタート。プロキャディ業も本格的に始動した。
現在は大阪府にある『Westfield Golf』(ウエストフィールドゴルフ)でレッスンを行っており、昨年、2勝を挙げた河本結の優勝をキッカケに依頼もあり、アマチュアへ向けたコースマネジメントの講師もしている。
2023年「日本オープン」覇者の岩﨑とタッグを組んで5年目になる湯本氏は、5歳でゴルフを始め、競技に打ち込む。19歳の頃、日本プロゴルフ協会(PGA)のプロテストに合格した。“現役”時代に松山英樹のコーチを務める黒宮幹氏に師事し、当時、一緒に練習していた松田鈴英のキャディを務めたことがきっかけでプロキャディの道を歩み始めた。
ゴルフはうまかったが「幼い頃から明確な目標があったわけではなかった。むしろ練習は大っ嫌いだった」という。プロになったものの、思うように努力を積み重ねることができず、ツアープロとしての芽が出なかったことで、キャディの道に進んだ。
そこで出会ったのが同学年の岩﨑だ。「彼は本当に練習をする。僕ができなかったこと、目標としていたことも、彼ならできるかもしれないと思ったんです」。だからこそ、バッグを担ぐ。単なるサポートではない。「僕の夢を一緒にやってくれているというか、僕の分までやってほしいという思い」と熱い想いがある。
選手の成功は、自身の夢の続きでもある。目標にたどり着くその日まで、「一緒にお付き合いしたい」という言葉には、静かな覚悟が宿る。
何者でもなかった者たちが、プロの世界で名を知られる存在になる。知らない人から応援され、ゴルフ場で『知っています』と声をかけられる。プロスポーツの最前線に関われる実感――。それこそがキャディという職業の魅力だという。稼ぐこともできる。「普通では味わえない」経験もできる。「だからキャディっていいなって思うんです」と湯本氏は素直に言った。
