まさしく“挑戦”という2文字にふさわしい1年を過ごした2025年。原英莉花は、通算5勝を挙げた日本ツアーのシード権を放棄してまで、米女子下部エプソン・ツアーに主戦場を移した。いばらの道に身を投じたようにも見えたが、そこで年間のポイントランキングで5位に入り、26年の米女子ツアー出場権を獲得。想いを実らせた。今季から挑む最高峰舞台開幕を前に、挑戦までの心境、そしてこれからを語る。(取材/構成・笠井あかり)
■過酷な米下部ツアーだけど…
原が初めて米ツアーに出場したのは2019年2月。オーストラリアで行われた「ISPSハンダ・オーストラリアン女子オープン」だった。そこは「その時から雰囲気が好きだなって。でも自分の技術がまだまだ足りてないなとも思った。このツアーで戦いたいという思いを持ちながら、ずっと戦ってきました」という“きっかけ”の地にもなっている。
掲げた目標のために、米下部ツアーを主戦場にし、米ツアー昇格を目指す挑戦が始まった。遠回りともいえるルートだが、「1試合1試合がQスクール(予選会)みたいな気持ちでした。自分のなかで“こう”と決めて出発したシーズンでもあったので、毎試合が充実していました」と前向きだった。試合環境などから過酷ともいわれる米下部ツアーで、帰国したいと思ったことも「なかったです」と即答。「何がよかった…? 服を着なくていい…。ゴルフウェアや軽装で歩けるので」と笑った。
■好スタッツと手応え
この1年は好スタッツを並べた。平均ストロークは「69.91」でツアー1位、1ラウンドあたりのバーディ以上の数は「4.29」で、これもトップだった。
「ねえ。やればアンダーじゃん。でも最近、普通にラウンドすると、80とか打つんです。やっぱり試合になると違うんですよね。気持ちが入っていたぶん、スコアもよかったのかな」
自他ともに認めるスロースターター。だが、試合数が全19試合と少ない米下部ツアーでは、出遅れは痛手になる。それでも、原には少しだけ自信があった。
「トレーニングが思うようにできていたことと、OBがなかったこと。屈しないこと。日本だとOBを恐れたり、刻もうかなとか、仕方ない選択があったけれど、コースの設計に対してどうしようかとやれたのは、アメリカだからだと思います」
さらに、「パター探しの旅」を解決してくれたメーカーにも感謝する。輸送時にパターのネック部分が曲がりがちで、構えたときから気持ち悪さが残っていたのを、対応してくれた。
「優勝(8月のワイルドホース女子ゴルフクラシック)する1カ月前くらいまでグダグダやっていて、1メートル弱くらいもけっこう外していたんです。キャロウェイさんが日本から何本か送ってくれて、そのなかにフィットするものがあって。それでバーディが増えたし、顔がよくてしっくりきたぶん、練習も迷いなくできました」
■同級生シブコとの会話
黄金世代の同学年選手、渋野日向子とは連絡を取り合っていた。渋野は不振に苦しみシード権を得られず、Qシリーズ(米最終予選会)に出場。そんな渋野はシーズン中、原の動向を確認し、優勝した時や昇格を決めたときに喜んでいた姿があった。
「シブコとはけっこう話しますね。こちらもよかったです、っていう感じです(笑)。Qシリーズはずっと見ていました。大変そうすぎて、それを見て、(自分は行かずに済んで)よかったと思いました。あのなかで戦うのはマジですごい。そんなこんなで、来年はいいところで戦おうねって話しています」
ほかにも、日本勢の大活躍から刺激を受ける。西郷真央と山下美夢有がメジャー制覇、竹田麗央、岩井千怜、岩井明愛、畑岡奈紗は優勝を飾った。日本勢が常に上位争いを繰り広げ、それはメジャーの舞台でもそうだった。
「メジャーであれだけ活躍してる選手たち見て、本当にすごいなと思います。でも私も、その地でプレーしたい、新しいゴルフを知りたい。やっとこの地に立てて、ここからっていう気持ちです」
■原英莉花
1999年2月15日生まれ、神奈川県出身。10歳でゴルフをはじめ、湘南学院高時代の2015年からジャンボこと尾崎将司に師事する。18年に下部ツアーで2勝すると、JLPGAプロテストに2度目の受験で合格。19年にツアー初優勝を飾って通算5勝、うち「日本女子オープン」を2度制するなどメジャー3勝を誇る。25年は米下部ツアーに主戦場を移し、優勝を果たすなどの活躍で、26年の米ツアー昇格を決めた。NIPPON EXPRESSホールディングス所属。
