多くの競技者が「楽しむ」「楽しみたい」を口にするようになった。ゴルフのトーナメント会場でも、選手が一日に何度も発するワードだ。これまでの取材のなかで、「楽しむ」との出会いは1992年バルセロナ、96年アトランタ両五輪に出場した競泳日本代表の千葉すずだった。
時代は彼女に追いついていなかった。根性論がまだ幅を利かせていたスポーツ界では異質の存在だった。メダル至上主義の世間に反発するような過激な発言もあった。メディアから、世間からバッシングを受けた。当時、そんな言葉はなかったが、いわゆる大炎上だった。
今でこそ『楽しむ』は普通になった。誰も眉をひそめたりしない。トップアスリートがSNSで発信すれば、たくさんの「いいね」がつく。隔世の感がある。
でも…と思う。『楽しむ』は、そこまで努力を重ねてきた者だけに許された“境地”なのだと。スタート地点にも立っていないような選手は、その前にやるべきことがあるのではないかと。何をもってスタート地点とするかは、明確ではないが、高みに向かう途中の麓(ふもと)で『楽しみ』を優先していたら五合目にも登れないだろう。千葉には頂を目指す十分すぎる資格があった。決して軽々に口にした言葉ではなかったが、時代は受け入れることを拒絶してしまった。
前週の「ミネベアミツミレディス 北海道新聞カップ」で金田久美子と話しをしていたら、そんな『楽しみたい』の話題になった。11歳だった2001年に初めてツアーに出て、アマチュアだけで53試合に出場した。09年にプロ転向し、今年で18年目。四半世紀も女子ツアーを見てきた36歳は、最近のツアーには“不思議”がたくさんあるという。
「私も違和感がある。若い子たちは『楽しみたい』って感じで、みんなで仲良しこよしが多いでしょう。美しい形なんだろうなぁとは思うけど、私とは違うかな。練習場ではわいわいしゃべりながらやっている選手も多い。あれしよう、これもしようって仲良しが普通。そういうのってなんか信じられないかな」
ギャルファーなどと呼ばれた見た目の派手さで、よく勘違いされるが、実はかなりの体育会系だ。昨年10月に亡くなった父・弘吉さんにスパルタで鍛えられてきた。ジュニアのころは、今では“アウト”の鉄拳制裁もあった。プロになってからのゴルフは仕事だった。
「ゴルフが楽しいと思うようになったのは最近ですね。以前はプライベートでラウンドするのも好きじゃなかった。父には『遊びじゃないんだぞ。笑うな』と言われていたし、自分も負けず嫌いでしょう。ボギーを打ったら悔しい。このミスを試合でもやってしまうかも…と考えたりもする。楽しいなんてなかった。それがフツーだと思って、ストイックにやってきたから、仲良しになる必要もないと思っていた。べったりはイヤ。バチバチの勝負の関係のほうが好きなんです」
平成元年の8月生まれだが、マインドは明らかに昭和だ。今季の北海道初戦となったミネベアは連日の雨だった。トータル2アンダー・43位。「疲れました。ホント、今年で一番、疲れた」。8月で37歳になる。もう、すっかり大ベテランの域に入ってきた。
プロになる前は25歳でゴルフは辞めるつもりだった。次は「絶対に30歳で辞める」になり、今は「もう決めていない」と笑った。ここ数年は積極的にトレーニングを取り入れ、ジムに通っている。「大嫌いです。でも、年齢に抗っていかないと」とランニングも欠かさないようになった。
ミネベアはプロデビュー戦だった09年「ダイキンオーキッドレディス」から498試合目だった。節目の500試合は23日開幕の「大東建託・いい部屋ネットレディス」。平成生まれで500試合達成は同い年の木戸愛に続き、2人目となる。
「すごいですね。500試合か…。誰も思っていなかっただろし、私も想像していなかった。コロナ禍のあたりから、ちょっと変わって、楽しむという感覚が理解できるようになった。それなりに頑張ってきたし、かなり長いことやってきた。今もバチバチの勝負でやっているけど、ゴルフを楽しんでもいいかな、と」
22年「樋口久子 三菱電機レディス」でツアー史上最大のブランクVとなる11年189日ぶりの優勝を果たした。山あり谷ありのゴルフ人生だが、自分のペースで登り続けている。頂(優勝)にも2度立った36歳は、当然ながら『楽しむ』の有資格者だ。(文・臼杵孝志)
