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稲見萌寧銀メダル立役者の一人 服部道子が全米を制した16歳の夏【名勝負ものがたり】

歳月が流れても、語り継がれる戦いがある。役者や舞台、筋書きはもちろんのこと、芝や空の色、風の音に至るまで鮮やかな記憶。かたずをのんで見守る人々の息づかいや、その後の喝采まで含めた名勝負の数々の舞台裏が、関わった人の証言で、よみがえる。

配信日時:2021年8月12日 08時00分

今回たどるのは、1985年全米女子アマチュアゴルフ選手権に史上最年少16歳(当時)で優勝し、歴史を作った服部道子の記憶。ジェンセン・キャッスル(米)の優勝に終わったばかりの今年の大会からさかのぼること36年。東京五輪女子チームヘッドコーチでもあった服部が、36年前に思いを馳せる。

日本からたった一人でやってきた16歳の少女が、全米のつわものたちを次々と倒していく。1985年、史上最年少(16歳=当時)で服部が全米女子アマを制したビッグニュースの序章は、すでに前年、始まっていた。

1984年6月、愛知淑徳高校1年生だった服部は、15歳9か月の史上最年少(当時)で、日本女子アマチュアゴルフ選手権に優勝。3か月後には日本代表としてロイヤルホンコンGC(香港)で行われた世界アマに参戦した。団体戦で男子が優勝したこの年、女子は団体戦で4位。服部はチームを引っ張り、個人戦9位。その資格で翌年の全米女子アマ出場権を獲得していた。

明けて85年。高校2年になると、6月には日本女子アマ連覇。8月には329人がエントリーした大舞台、全米女子アマに挑んだ。

ジュニアのトップゴルファーの多くがプロを目指す現在とは違い、まだ、ジュニアゴルファーそのものが少ない時代のこと。ましてや、試合のために学校を休むことが難しい進学校に在籍していた服部は、ゴルフだけをしていたわけではない。文字通り、文武両道の多忙な日々を送っていた。

渡米は、夏休みだった。84年には全米ガールズジュニア準優勝。しかし、85年の遠征はこれまでとは大きく違っていた。生まれて初めての単身渡米だったからだ。海外遠征の経験はあるが、いつも誰かと一緒だった。父の仕事の関係で、2年ほど家族でマサチューセッツ州ボストンに在住経験があるが、記憶にないほど幼い頃のこと。現代のようにメールも携帯電話もなく、国際電話も交換手を通さなければできず高額な時代、16歳の少女の単独渡米は大冒険だったと言っていい。

「ガールズジュニアと2週続きで試合だったのですが、どちらもホームステイ。完全に一人なのは初めてなのでドキドキ旅でした」。どちらの試合もマッチプレー。ガールズジュニアは、前年決勝で負けた同じ相手に、2回戦であっけなく敗退した。「このまま終わってしまうのか」と、打ちひしがれていた。

ジュニアだけでなく、大学生や大人も出場するよりレベルの高い全米女子アマには、本人も大きな期待をしていなかった。

会場のフォックスチャペルCCがあるピッツバーグは、ガールズジュニアと同じペンシルバニア州。ホストファミリーが、車で送ってくれて、次のホストファミリーの家にたどりついた。

当時、日本のアマチュアの試合はほとんどがストロークプレー。前年の全米ガールズジュニアで初めて経験した。36ホールのストロークプレーの上位64人がマッチプレーで激突する全米女子アマには、無欲で臨んだ。

日本では女子アマ連覇の天才少女と騒がれていたが、さすがに全米女子アマ会場では服部を知る人はいない。8月のピッツバーグは暑く「目の前のことをこなすだけで必死。考える暇もありませんでした」と、プレーに集中し、151でストロークプレーを終えた。すると、オハイオ州立大のシェリル・ステイシーと同スコアでメダリストとなり、マッチプレーにコマを進めた。

マッチプレーも順調に勝ち進み、決勝へ。相手はステイシーだった。炎天下、36ホールの決戦が始まった。

「(ステイシーは)ものすごくフェアな感じの人でした。日本からひょっこりやってきた私に対しても、人としてきちんと接してくれた。いいショットはいいショットだと認めてくれるような。だからものすごく心地よいフェアなプレーができました。お互い『いい試合をしようね』という雰囲気で、不思議な心の余裕がありました。気が付けば、相手のことも応援している自分がいました」と、いう好勝負。「いつまでもやっていたい気がしていました。ベストなプレーを引き出してもらったような」と振り返る決勝だった。

夢中になっているうちに、5&4の大勝でビッグタイトルを手にした。アンジュレーションがある硬いグリーンに、ロングアイアンで高いボールを打って行けるショットが勝因だった。海外経験豊富な師匠、森道應仕込みの武器だ。

優勝の瞬間は、喜びよりもホッとした気持ちのほうが強かった。何しろ、炎天下、試合だけでも6日間。練習ラウンドから数えると8日間の長丁場に疲れ果てていた。

優勝スピーチは、応援に駆け付けたホストファミリーが一緒に考えてくれて英語でこなした。誰一人ゴルフをしないこのホストファミリーで過ごした時間も、勝因の一つだったろう。試合が終わると、同世代の娘3人がいる家で、映画を見たり、ガールズトークをしながらリラックスして過ごす。そんなホッとする時間が、翌日への鋭気になった。

歴代優勝者を見れば、ジュリ・インクスター、ベス・ダニエル、デフ・リシャードらビッグネームの名前が並ぶ全米女子アマ。16歳の服部も大きな試合であることは十分わかっていたはずだが、初めての単身渡米や、様々なことに忙しく、プレッシャーは全く感じていないまま勝利へと突き進んだ。

日頃、学校とゴルフ場、自宅と言う名古屋近辺が"世界“だった服部本人にとっては「世界って広いんだ」と、ものすごく刺激を受けた16歳での渡米となった。現実世界も広がった。全米女子アマタイトル保持者として全米の大学から声がかかり、高校卒業後、テキサス大学オースティン校に留学することにつながったのだ。世界アマ上位に入り、全米女子アマで優勝したことは、服部の世界を一気に広げ、人生を変える大きな出来事だった。(文・小川淳子)

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