3月6~8日にパシフィコ横浜で行われた「ジャパンゴルフフェア2026」に出展していたマスダゴルフのブースで、昨年12月23日に亡くなったプロ通算113勝の尾崎将司さん(享年78歳)を偲ぶ「スペシャルトークショー」が行われた。フリーアナウンサーの安藤幸代氏が進行を務め、代表の増田雄二氏、ゴルフ写真家の宮本卓氏、尾崎さんの最後のキャディでありクラブを組んでいた小暮富志雄氏が秘話を披露した。
マスダゴルフの代表を務める増田雄二氏は、尾崎さんが最盛期にメインクラブデザイナーとしてスカウトされた。1996年に空前の大ヒットとなった「WOSS MO-01」パターを開発。尾崎さんはそのパターを使用して年間8勝を挙げ、プロ通算100勝目を達成。その後もアイアンやウェッジなど尾崎さんの多くのクラブを手がけ、2021年には尾崎さんとクラブ開発アドバイザリー契約を締結した。
トークショーでは、プライベートカレンダーを撮影していた宮本氏が、被写体としてのこだわりを持つ面や米ツアーで4位に入った試合でアテンドを務めた際に、帰りに二人きりの車内で「ありがとう」って言われたことなど、強面な印象の強い尾崎さんの意外な一面のエピソードを話した。
また、ジャンボ邸での研修生時代も含めて28年間尾崎さんの側にいた小暮氏は「ジャンボさん自身、休まない人でした。元旦から練習していますし、優勝した試合もその日の夕方には自宅に戻り、ミスした1打があれば納得がいくまで練習していました」と優勝した日はパーティなどはせずに人に見せない努力があったという。
そしてクラブへのこだわりも強かった。増田氏は「ジャンボさんはエースクラブができても、それを超えるためにまた作り上げる。終わりがないんです」といえば、小暮氏は「クラブのスペックは毎日違いました。夏と冬でバランスを変えたり、体調で変えたり。今はカチャカチャでシャフトをすぐに替えられますが、当時はそれもないので、常に4~5本用意していました」とよりよいクラブ探しに余念がなかった。
一番の驚きは増田氏と小暮氏が口を揃えて言った「エースドライバーは温存する」というエピソードだ。「エースドライバーはメジャーの最終日とか大事な試合の時にしか使わない。ひたすらエースを超えるドライバー作りをしていました。練習では一番当たらない、どこへ行くか分からないクラブを持ってきて、『よし、きょうはこれで行く』と。それを調整してコースでよくしていくんです」。ほとんどのツアープロはエースを使い続けるものだが、尾崎さんは信頼のおけるエースに頼るのではなく、エースを超えるクラブ探しを大切にしていた。
スイングについても、ギアについてもこだわりを持っていたが、そんな影の努力について増田氏は「『それを周りには言うな』と言われていました。ジャンボさんは『努力の積み重ね』という姿をファンには見せたくなかった。ミステリアスな天才のイメージを大事にしていたんです」。プロ通算113勝、プロゴルフ史に残る不世出の大スター・ジャンボ尾崎の強さが分かるエピソードが満載だった。