【第1位】“天才少年”の復活劇 パトリック・キャントレー
パトリック・キャントレー(米国)
身長:178cm
体重:72kg
生年月日:1992年3月17日(25歳)
2011年、当時UCLAの学生だった19歳の若者が、「全米オープン」で栄えあるローアマチュアを受賞。翌週のPGAツアー「トラベラーズ選手権」2日目には、アマチュアながら“60”というビッグスコアをマークした。“天才少年”として将来を嘱望されたのがパトリック・キャントレーだ。
2012年の「マスターズ」では、最終日に松山英樹を逆転してローアマを獲得。世界アマチュアランキング1位の座に史上最長記録となる55週もの間君臨し続けるなど、アマ時代の逸話は枚挙にいとまがない。
2012年、満を持してプロ転向。翌年3月、PGAの下部ツアーであるウェブドットコム・ツアー「コロンビア選手権」でプロ初勝利を挙げ、誰もがキャントレーの明るい未来を信じてやまなかった。
しかし、災難は突然やってきた。2013年5月、「クラウンプラザ招待atコロニアル」(現ディーン&デルーカ招待)2日目、練習場でウォーミングアップをしていたところ、「誰かに背中をナイフで切りつけられたのかと思った」というほどの激痛が襲った。結局、痛みに耐えきれず7ホール目で途中棄権。すぐに病院へ向かって診察を受け、結果は「腰椎の疲労骨折」という重傷だった。
それから3年間、キャントレーは腰痛に苦しめられたが、悲劇は続いた。キャディとして、親友として支えていたクリス・ロス氏が、カリフォルニア州の路上でひき逃げにあって命を落としたのだ。ロス氏はキャントレーの腕の中で、その短い人生を終えた。2016年2月のことだった。
当時のことをキャントレーはこう振り返る。
「当時の僕は人生の最下点にいたと思う。大切なものは、もう何も残っていなかった。何をやっても、何を見ても悲しくなった。幸せな気持ちになんて、いっさいなれなかった。たった1つの出来事がこんなにも人生を変えてしまうとは、思いもよらなかった」
「でも、(事故から)数カ月たって、それだけは(自分の中に)まだ残っていることに気づいた。ゴルフは一番大切なものではないけれど、『いいプレーをしたい』と思う気持ちはずっと変わっていない」
決意を新たに挑んだ2016-17年シーズン。公傷制度によって出場した3月の「バルスパー選手権」でキャリアハイの単独2位に入ったのを皮切りに、4月の「RBCヘリテイジ」で3位タイ、9月の「BMW選手権」で9位タイなど、トップ10入りを3回記録。13試合に出場し、全試合で決勝ラウンドに進出するなど、その才能が色あせていないことを証明した。
迎えた新シーズンの2017年11月、「シュライナーズ・ホスピタルズ for チルドレン・オープン」。アレックス・チェイカ(ドイツ)、キム・ミンフィ(韓国)との三つどもえのプレーオフを制し、念願のプロ初勝利をつかみ取った。
「ジョーダン(・スピース)、ジャスティン(・トーマス)……。彼らとはずっと一緒に戦ってきた。今は少し水をあけられてしまったけど、新シーズンではそんなツアーを引っ張る“ヤングガン”たちと数多く戦えると思ったら、こんなにうれしいことはない。目指すのは、もちろん世界ランキング1位だ」
たび重なる故障、親友の死を不屈の闘志で乗り越えたキャントレーは、胸を張って断言した。