しかし、19年に中島規雅氏に師事すると、持ち前の飛距離の出るフェードが少しずつ戻ってくる。そしてファイナルQTで19位に入り出場権を獲得すると、20年の初戦で最高の結果で復活をアピールした。
そのアース・モンダミンカップを見ていた辻村氏が、渡邉に自信を感じたのがティアップの高さだった。
「悪かったころの渡邉さんはとにかく曲げたくなかったのでしょう。ドライバーなのにパー3かというくらい低いティアップでした。それが以前の高さに戻っていました。プレーオフの18番は右にすっぽ抜けたくないホールで、ティを低くしたくなるところでしたが、フェースからボールがはみ出るくらいの高さで打っていましたね」
細部にも自信がみなぎっていた復活優勝だった。
そのアース・モンダミンカップを見ていた辻村氏が、渡邉に自信を感じたのがティアップの高さだった。
「悪かったころの渡邉さんはとにかく曲げたくなかったのでしょう。ドライバーなのにパー3かというくらい低いティアップでした。それが以前の高さに戻っていました。プレーオフの18番は右にすっぽ抜けたくないホールで、ティを低くしたくなるところでしたが、フェースからボールがはみ出るくらいの高さで打っていましたね」
細部にも自信がみなぎっていた復活優勝だった。