いよいよ、マスターズ・ウィークが始まろうとしている。
昨年大会で悲願の初優勝とキャリア・グランドスラムを達成し、ゴルフ界を沸かせたローリー・マキロイは、すでにオーガスタ・ナショナル入りしており、土曜日にはオーガスタ・ナショナル女子アマチュア選手権を観戦。日曜日には父親ゲリーと一緒に練習ラウンドを行ない、ドライブ・チップ&パットの表彰式にも参加するなど、リラックスムードで楽しく有意義に過ごしている様子が伺える。
振り返れば、マキロイの昨年の初優勝の陰には、さまざまな出来事があった。その中で最も印象的だったのは、開幕前にマキロイとジャスティン・ローズが、ひっそりとディナーをともにしていたという話だ。
ご存じの通り、マスターズ・ウィークの火曜日の夜、オーガスタ・ナショナルのクラブハウスでは、恒例のチャンピオンズ・ディナーが開催される。昨年は、2024年大会の覇者スコッティ・シェフラーがホストを務め、過去のマスターズ優勝者を招いてディナーを開いた。
しかし、マスターズ未勝利だったマキロイとローズは、チャンピオンズ・ディナーに参加することができず、その日の夕食の予定が空いていた。そこに、オーガスタ・ナショナルのメンバーからのお誘いが舞い込み、3人でディナーをともにしたという。同じテーブルに付いたマキロイとローズが、どんな会話を交わしたのかは明かされていない。マキロイは北アイルランド出身だが、英国のパスポートも持っており、その意味では、英国出身のローズとは同郷である。
ディナーでは、母国にまつわることも少しは話していたのかもしれないが、マスターズ開幕を控えていたタイミングゆえ、ノスタルジックな事柄より、オーガスタ・ナショナルのコンディションのことなどが話題の中心だったのではないだろうか。
勝てそうで勝てず、勝ちかけて負けた悔しさを、これまで何度も噛み締めてきた2人の胸の中には、何かしら相通じる想いもあったのではないかと私は思う。
そんな2人が、それから5日後のサンデー・アフタヌーンに勝利を競い合い、プレーオフを戦うことになる展開は、そのときは、きっと誰も想像していなかったに違いない。優勝したのはマキロイで、ローズは惜敗に終わった。しかし、グリーン上で2人が交わした固いハグからは、「勝った、負けた」の結果はさておき、とても温かいものが溢れ出しているように感じられ、感動を覚えずにはいられなかった。
マキロイとローズのディナーは、オーガスタ・ナショナルで開催される公式のチャンピオンズ・ディナーの裏側で、ひっそりと開かれた「裏開催のディナー」だったが、熱戦が幕を閉じた後に、その「裏ディナー」が素敵な秘話として伝えられたのは、2人が優勝争いを演じ、1人が優勝し、もう1人が2位になるという活躍があったからこそである。もしも、2人とも成績が振るわずじまいだったら、2人の「裏ディナー」は、ニュースにも優勝秘話にもなることはなく、単なる1つの出来事として終わっていたはずである。
優勝争いを演じれば、そして勝利を挙げることができれば、たとえ小さな出来事でも、何気なく口にしたほんの一言でも、多くの人々の心を動かす感動のストーリーに生まれ変わる。今年のマスターズには、初出場する選手も、何度も出場しているベテラン選手も、過去のチャンピオンも、そしてディフェンディング・チャンピオンのマキロイも、みなそれぞれの想いを抱いてオーガスタ・ナショナルにやってくる。
そこで遭遇するどんな出来事が、最終日の夕暮れどきに「優勝秘話」として報じられることになるか。知られざる物語の誕生が、今から楽しみでたまらない。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
