昨年12月23日に78歳で逝去した男子プロゴルファー尾崎将司(本名:尾崎正司)さんの「お別れの会」が16日、東京都千代田区の帝国ホテルで行われている。
以下、発起人代表の青木功による弔辞全文。
ジャンボ。
今、ここで自分がジャンボのお別れ会の弔辞をすることなど、全く考えてもなかった。昨年末、突然逝ってしまったという知らせを受け、自分は言葉がなかった。大切な戦友を失い、深い悲しみと大きな喪失感でいっぱいになった。
体調を崩している事は聞いていたので、昨年秋に智春くん(編集部注:尾崎さんの長男)にジャンボに会いたいとお願いしたが、残念ながらかなわず。でも亡くなった後、弔問に行った時に、智春くんから聞いた辛い闘病生活での治療に対する考え方、その間親族や弟子に残した数々のコメントを聞き、最後までお前さんらしく「ジャンボ尾崎」を貫いた生き様に、改めて、ジャンボの存在の大きさや優しさを感じ、今は少しずつだけど、現実を受け入れている。ジャンボの存在は、自分のゴルフ人生を様々な形で、進化させてくれた。
圧倒的な飛距離でデビューした時、そしてメタルヘッドのドライバーを使いだした時、正直この時は誰もジャンボには敵わなくなると思った。でも、そんな越えるべき大きな壁のおかげで、自分のゴルフをどのように進化させ、極めるか、そしてその為に限界を超える努力を重ね、その結果、青木功のゴルフが確立出来た。
ある時、ジャンボに「お前さんがいなかったら、俺はとっくに終わっていた」と言ったけど、本当にその通りなんだよ。
自分のプロ入り五十周年のパーティでスピーチをしてくれ、人を持ち上げるだけ持ち上げ、最後に「でも僕のライバルはタイガー・ウッズです」と言った時のいたずらっぽいあの笑顔は忘れないよ。
