米国女子ツアーは2月19日に始まる「ホンダLPGAタイランド」から春のアジアシリーズを迎える。そこで今季初戦を迎えるのが、今年で米ツアー4年目となる勝みなみだ。昨年はポイントランキング18位になり、上位60人のみが出場できる最終戦「CMEグループ・ツアー選手権」に初出場。さらに獲得賞金も100万ドルを大きく超える170万7091ドル(約2億6972万円)を稼ぎ出すなど、キャリアハイの1年を過ごした。昨年得た手応えは? さらなる飛躍を期す2026年にかける想いとは? 単独インタビューを実施し、胸中を聞いた。前編は、最も優勝に近づいた中国での激闘を振り返ってもらう。(取材/構成・間宮輝憲、取材協力・茨城ゴルフ倶楽部)
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昨年は27試合に出場し予選落ちはわずかに3度。参戦初年度の23年は8度、24年は7度あったことを考えると、その変化は歴然だ。確かな進化を感じながらプレーした1年。それでも満足感ばかりだったかと問われると、決してそうではない。
「1、2年目がふるわなかったし、3年目はどうかなと思いながらのシーズンインでした。1年を通じて安定したゴルフができていたのは間違いがない。ただ、もう少しで優勝できた試合もあったし、優勝争いに絡めた試合もあった。うーん、悔しさの度合いというか、角度がこれまでとは違いましたね。“すごくよかった”という気持ちもある反面、“もっといけたんじゃないか”という感情も出てきて」
21、22年の「日本女子オープン」連覇など、日本では8勝(うちアマチュア1勝)を挙げてきたが、米ツアーに主戦場を移してからいまだに勝利はない。だが、それに大きく近づく試合があった。それが去年8月の「AIG女子オープン」(全英)や、ジーノ・ティティクル(タイ)と5ホールに及ぶプレーオフを戦った10月の「ビュイックLPGA上海」での2位だった。トップ10入りも6度。悲願のタイトルがあと一歩まで迫っていたという感触があるだけに、悔しさもひとしおだ。
そのなかで、多くの人々の記憶に残っているのが、前述したビュイックLPGA上海ではないか。3日目を終え、2位に2打差をつける単独首位に立ち、最終日も「65」をたたき出しながら、世界ランク1位の22歳に死闘のすえ敗れた試合だ。まさに勝敗は紙一重の差。そんなことを見る者にも感じさせた試合だったが、ラウンド後に「自分もいいゴルフをしていたと思う」、「まだまだ自分の弱さを痛感した」と話した本人の言葉からは葛藤がうかがえた。その真意を改めて聞いてみると、まるで昨日のできごとかのように、鮮明に状況も説明しながら、言葉がつむがれていく。
「最終日最終組で回って、私はボギーなしの7アンダーと完璧なゴルフでした。だけど相手が9アンダーを出してきた。私は悪くないよなって。1位でスタートしていったなかで、あのゴルフなら満点をあげてもいい。でも負けたということが、気持ち的に難しかった。キャディさんにも『みなみは悪くない。すごくいいゴルフをしていたし、相手があまりにもよかった。ただ運が悪かっただけ』と言われました。でも勝てないのは弱いということ。その整理がつかず、難しかったですね。勝てないのは弱い。でも…ゴルフがよかったから決して悪いわけじゃない。悔しさもあるけど、いつもの悔しい感情とはまた違った。すごく難しかったですね」
今も、その時に覚えた“不可思議な感覚”は抜け切ったわけではない。そして、ただの“1敗”として語れるものでもない。ラウンド中も、随所で“悪い流れ”にのみ込まれそうになっている雰囲気を振り払うように、自らを鼓舞しながらプレーしていたことははっきりと思い出すことができる。
「15番で(ティティクルが)チップ・イン・バーディしたんですよね。あれは(打球が)強くて、外れたらボギーの可能性もあった。でも入った瞬間に『やばいな。あれが入るんだ』っていう気持ちになりましたね。16番(パー3)のティショットは『エッ』って言ってしまうくらい、すごいピン筋でバーディチャンスについて、それにもビックリ。17番でもイーグルを取られた時には、『これ、私の日なのかな?』って。長年、勝負をしてきていると分かるんですよね。“自分の日”っていうのがあって、そうなると普段は入らないパットが入ったり、調子のよしあしにかかわらず、いい流れになる。『流れは向こうだよな』というのは、ずっと感じていました」
勝は17番でチップ・イン・バーディを奪い、そのリードを2打に広げながら、直後にライバルが6メートルのイーグルパットを決め、すぐに並ばれた。プレーオフの2ホール目には、ティティクルのティショットが池に入るという千載一遇のチャンスも訪れた。だが、この時も相手の3打目が「あそこしかないところに行って寄った」という完璧な一打に。勝負は次のホール以降に持ち越された。
「あれ(プレーオフのショット)を見た時に完全に向こう(の流れ)だなと思いました」。数々の神がかったプレーを目の前にし、そんな考えが頭に浮かんだとしても、なにも不思議ではない。「もしかしたら自分に傾くことがあるかもしれないから、それを待とう」。嫌なイメージをかき消すように、ポジティブな言葉を自らに投げ続けた。終始、葛藤と戦った一日とも言える。
「それまでに入ってた距離(パット)がかすりもしないし、全然入ってくれない。グリーンもボコボコで読みづらいのはあったけど、それでもそこまでは入っていた。多分、優勝できる時だったら入ってるんです。頑張ったし、どこかで気持ちを切り替えないとなと思ってやり直したけど、最後はもっていかれましたね。途中までは私の流れだったし、本当に完璧だった。あの試合は…なんて言っていいか分からない試合ですね」
これまでに感じたことのない悔しさ。それでも、苦戦が続き、ギリギリでシードを確保してきた1、2年目のシーズンから比べると、大きな上積みにもなった。「出れば半分くらい予選落ちしている感覚。予選を通っても上位にはいけない。その時は『もしかしたら(米国で)やっていけないかもね』という話もしていました。『ここで予選落ちしたら帰ろう』と言っていた試合もあったほど。その試合はギリギリで予選を通ったから、やめずに済みました」。追い込まれていた2年間を思い出し、「あの時、日本に帰っていたら去年の飛躍はない。今年も頑張ろうということも考えられない。あの時、諦めてなくてよかった」という言葉もこぼれてくる。
「数年前にトレーニングで負荷をかけすぎて、手の(繊細な)感覚がなくなってアプローチに苦手意識があった。それでトレーニングの内容を変えています。そこがもう少し戻ってきてくれたら、ボギーがもっと少なくなると思う」と、現在はこれまでのメニューも見直し、次なるステップをのぼるための修正にも励んでいる。苦しい時期を乗り越えながら、一歩一歩、進んできた道が、今、そして未来へと続いていく。
充実感のなかに、これまでとは違うベクトルの悔しさが入り混じった昨年には、キャリア全体を振り返っても「特別」と感じられる試合もあった。そこで得たものが、“初優勝”への大きな足掛かりになる予感にもなっている。(後編へ続く)
