昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。かつてジャンボ邸で指導を受けた石川遼が尾崎さんをしのび、目を潤ませながら思いを語った。
プロ113勝、国内94勝という前人未到の記録を打ち立てているスーパースターの尾崎さんは、ツアー制度施行元年の1973年、26歳で初代賞金王に輝いた。その36年後の2009年、石川が18歳の若さで戴冠し、尾崎さんの最年少記録を大幅に更新した。
07年「マンシングウェアオープンKSBカップ」で史上2人目のアマチュア優勝を果たし、“ハニカミ王子”として世間を賑わせていた石川は、プロ転向を表明する前後、ジャンボ邸に2週間ほど通ったという。「子どもの頃、いちファンとしてジャンボさんのゴルフを見て、これだけ人を惹きつけるのはすごいと思っていました。いろんなことを叩きこんでいただいた。鮮明に覚えています」と思い出を語る。
もともとプロ野球西鉄ライオンズ(現西武)の投手として活躍し、プロゴルファーに転向したという経歴を持つ尾崎さんは、石川にまず、ピッチングフォームを教えた。「ピッチングフォームからゴルフにつなげて考えていく。トレーニング、ゴルフの打ち方、ひとつひとつを教えていただき、本当に刺激的な日々でした」と回顧した。
「優勝した時に電話で報告をさせていただいていた」が、最後に直接会ったのは19年頃。それ以降は訪ねることも優勝報告もなかなかできず、闘病していることも「直前まで知らなった」という。「すごく元気なジャンボさんのイメージしかないので、信じられないという気持ちです」と心境を話した。
男子ツアー人気の立役者で、日本ゴルフ界をけん引した尾崎さんを「男の中の男だった」と話す。「男としての強さを見せていただきながら、優しく指導していただきました。簡単に答えを教えるのではなく、自分で悩むという人としての深みも教えていただいた。そんなジャンボさんのようになれるとは思わないけれど、遺志を少しでも受け継いで、日本のゴルフ界がこれからもっともっと強く、明るくなるように、残された者たちで頑張っていきたい」と、涙ぐみながら決意を示した。
