昨年12月23日にS状結腸がんのため78歳で死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。幼少期から尾崎さんに憧れ、背中を追ったツアー通算21勝の池田勇太が取材に応じた。
「つらいね…。俺が死ぬまで気持ちの整理はつかないんじゃないかな」と悲痛な思いを明かす。
6歳でゴルフを始めた池田は、尾崎さんから大きな影響を受けた。1990年代から第二期全盛期を迎えて、毎週のように優勝争いをし、テレビではそのシーンが映し出され、憧れの存在となった。プロ転向後は尾崎さんと同じように3タックのズボンを履き、ズボンのポケットに手を入れる時は小指だけ外に出す“ジャンボスタイル”をマネするほど。「ANAオープン」や「ダンロップフェニックス」など尾崎さんが複数回優勝を挙げた大会には特に思い入れがあり、優勝したい大会と語っていた。
初めて一緒にプレーをしたのは、池田がまだ高校生だった2003年「ブリヂストンオープン」。朝あいさつにいくと「無視ですよ」と苦笑いをしたが、「当時はそれが当たり前だったからね。そこから始まり、数えきれないほど思い出はあるけど、1個1個本当によく鮮明に覚えているし、キリがないですよ」。昨年1月の尾崎さんの誕生日パーティで会ったのが最後。思い出を振り返るたびに込み上げるものがあった。
この日は“最後”のお別れ会となったが、「俺には最後という言葉はないですね。宍喰(尾崎さんの出生地)に行けば会えるし…。40歳になった俺はここからがスタートだと思っている。ちゃんと1回1回報告できるようにがんばります」。昨年12月に不惑を迎えた池田。40歳以降で64勝を挙げた尾崎さんの背中を追って、勝ち星を積み重ねていきたい。
