昨年12月23日に78歳で逝去した男子プロゴルファー尾崎将司(本名:尾崎正司)さんの「お別れの会」が16日、東京都千代田区の帝国ホテルで行われている。
以下、幼なじみで専属キャディを務めた佐野木計至氏の弔辞全文。
ジャン兄、この会場が見えますか?
一人一人の顔を見て、はにかんでないですか。すごいメンバーですよ。今日、この景色を見て、あなたが昭和、平成を駆け抜けた、とてつもなく偉大なゴルファーだったと改めて実感しています。
先輩、振り返れば、私の人生は、ほとんどあなたの2クラブレングス内でしたね。
徳島の南場、宍喰に共に生まれ、小中高が一緒どころか、産婆さんや保育所までがいっしょでした。先輩はおおらかで、優しくて、全てが大きかった。昔から不思議な運を持ってましたね。
まもなく始まる選抜高校野球でも、四国は2校だけだったのに、あの年なぜか3校が選ばれ、部員はたった14人ながら、あなたの投打にわたる大活躍で初出場、初優勝!
最後は1点差で9回裏2アウト満塁ツースリー。一塁手の私はヒザがガクガク。なのに、あの場面であなたは「おい佐野木、飛行機が飛んでるぞ」。そう言って、空を見上げて悠然としていました。そのおかげで、小フライのウイニングボールを捕ることができました。
大人になってもコーヒーが飲めない。喫茶店に行ったこともない。携帯もスマホも持ったことがない。そのうえ外出嫌いの先輩は、まさに昭和のがんこもん! いや、昭和の侍でした。本当に格好良かった。
39歳の時、あなたから突然呼ばれた別府温泉。二人の愛を確かめたいのかと思いきや、まさかの山ごもり。
スランプのどん底だったあなたが奇跡の大復活を成すためのターニングポイントになろうとは、知る由もありませんでした。「もう一度オレはやる! 絶対にカムバックする! だから、オマエも大きな試合は必ず担いでくれ!」
あの時の真剣な眼差しは、今でもはっきり覚えています。言われた私は、何だかものすごくうれしかった。あれからの快進撃、40歳からの64勝ですか? とてつもない、どえらい記録でした!
ここ一番、勝負どころのパッティング。「佐野木、ラインはどうだ?」「右カップいっぱい」「まちがいないな!」…そこからアドレスに入り、不動明王真言を唱えながら「ガッツポーズ用意しとけ!」。しびれました。
もう一度やりたい、もう一度言ってほしいです。
12月23日、天国行きのジャンボ機で、紫色の飛行機雲を残して、旅立った先輩。今何をしていますか? もうクラブを握っていますか? そっちのゴルフコースはあなた好みですか?
私が行くまでの間、すみませんが、セルフカートで待っていてください。「さっさと早よう来んかい!」言わないでね。もうちょっと、土産話を作ってから行きますから。
ジャン兄! 最後まで媚びることない男の戦う姿を見せてくれました。不屈の勝負師でしたね。You are the man。でした。お疲れさんです。
今までたくさんの思い出をありがとうございました。
これからも日本のゴルフ界の発展を、日本選手の大いなる活躍を、その大きな心、温かい眼差しで見守ってください。よろしくお願いします。
令和八年三月十六日
佐野木 一志
