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“思考の仕組み”を整えることが好結果を引き寄せる ストレス軽減にもつながる「前提」の準備【メンタルコーチに聞く・後編】

近年、プロゴルフの世界ではメンタルコーチの存在が珍しくなくなってきた。しかし実際にどのようなトレーニングを行い、プレーにどんな変化が生まれるのかは、あまり知られていない。ツアープロのメンタルコーチ兼キャディを務める出口慎一郎氏に、選手と取り組んでいるメンタル術や選手との取り組みについて聞いた。今回は『メンタルトレーニングの目的』について。

所属 ALBA Net編集部
高木 彩音 / Ayane Takagi

配信日時:2026年3月13日 12時00分

メンタルコーチ兼キャディを務める出口慎一郎氏
メンタルコーチ兼キャディを務める出口慎一郎氏 (撮影:福田文平)

近年、プロゴルフの世界ではメンタルコーチの存在が珍しくなくなってきた。しかし実際にどのようなトレーニングを行い、プレーにどんな変化が生まれるのかは、あまり知られていない。ツアープロのメンタルコーチ兼キャディを務める出口慎一郎氏に、選手と取り組んでいるメンタル術や選手との取り組みについて聞いた。今回は『メンタルトレーニングの目的』について。(取材/構成・高木彩音)

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“メンタルトレーニング”という言葉に、どこか抵抗を感じる人も少なくないだろう。しかし、いくら高い技術を持っていても、緊張やプレッシャーのかかる場面、あるいはミスをした直後に自分のパフォーマンスを発揮できる思考力やメンタルの強さがなければ、結果はついてこない。さらに、自身の成長を続けていくためにも、前向きな思考は欠かせない。

中編でも触れたが、米国ではジュニア時代からメンタルトレーニングを受ける選手は多く米ツアー通算82勝を誇るタイガー・ウッズや米ツアー通算7勝のコリン・モリカワもそのうちの一人だ。「メンタルの強さ」が結果を左右すると言われるが、その正体は単なる精神論ではない。結果を出し続ける選手の裏側には、再現性のある「思考の仕組み」が存在している。

前編では『ゴール(目標)設定』、中編では『メンタルトレーニングの基本』について話を聞いた。自身の成長を止めないために、現状の延長では到達できない大きなゴールを設定することから始まり、これまでの思考や行動パターンを振り返りながら、ゴールに向けた具体的なプランを立てていく。そして、前向きな思考を習慣化するため、毎回のセッションで思考の整理を行っている。

■遅い人と同組の場合「ゆっくり歩いて間を楽しむ」 『前提』を整えてプレーしやすい環境をつくる


メンタルトレーニングでは、「前提」を整えることも重要だという。例えばゴルフでは、プレーの遅い同伴者に対してイライラしてしまう場面がある。多くの人は「もっと早くしてほしい」と相手を変えようとする。しかし実際には、自分がせっかちなだけというケースも少なくはない。相手を変えようとしてもコントロールできないため、ストレスは増えるばかりだ。

そこで重要になるのが、「その状況を前提として、どう行動するか」を考えること。

「プレーが遅い選手と回ると分かっているなら、あらかじめ対策を考えておけます。選手に『どうすればいいと思う?』と聞くと、『ゆっくり歩いて間を楽しむ、準備ができたら先に打たせてもらう』など、それぞれの回答がでてきます」。方法はいくらでもある。問題はその場の状況ではなく、その状況に対する捉え方なのだ。

■コンフォートゾーンの仕組み “無意識”の思考を変える


人間の行動には、「コンフォートゾーン」と呼ばれる心理的な仕組みが大きく関係しているという。コンフォートゾーンとは、自分にとって安心で安全だと感じる領域のことだ。「人間は本能的にこの“領域”を維持しようとします。体温が常に一定に保たれるのと同じように、無意識のうちに現状を維持しようとする働きがあるのです」

この仕組みを説明する概念が「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」だ。「人間の行動のうち意識は全体のわずか5%ほどで、残りの95%は“無意識”で占められている」と言われている。日常の習慣やルーティンはほとんどが“無意識”によって行われており、そこから外れると強い違和感が生まれる。「例えば突然大勢の前で話すことになったとき、心拍数が上がったり汗をかいたりするのも、コンフォートゾーンから外れた反応」の一つだ。

この心理は結果に大きく影響する。「例えば、賞金ランキング30位前後に安心感を持っている選手は、無意識のうちにその位置に戻ろうとする。一方でトップ10や優勝が当たり前だと感じている選手は、そこに戻ろうとする力が働きます。つまり、コンフォートゾーンがどこにあるかが結果を左右するということです」と話す。

では、現状のコンフォートゾーンから抜け出すにはどうすればいいのか。その方法として提案するのが「未来側にコンフォートゾーンを作る」という考え方だ。想像もつかないほど高い目標を設定し、その未来を本気で信じる。すると「現状に引き戻そうとしていた力が、未来へ向かうエネルギーとして働くようになる」ということ。

■ノーススターと思考の仕組み 大事なのは“達成率”よりも“成功率”


その象徴的な考え方が「ノーススター」というゴール設定だ。ノーススターとは北極星のことで、航海の目印になったことから“進むべき方向を示す大きな指針”を意味する言葉。出口氏は「人に笑われるくらい大きな目標を掲げる」ことが望ましいと話す。『それは無理だ』と言われるほどのゴールこそ、その人の行動を大きく変えるからだ。

ここで重要になるのが、「達成率」ではなく「成長率」という視点。例えば「5秒で20回手を叩く」という目標を与えると、人はゴールに近づくにつれて無意識に力を緩めてしまう。しかし「5秒で100回」と言われると、達成は難しくても動き方を工夫し、結果として回数は増える。同じ5秒でも成長率は大きく変わる。「人は達成しやすい目標を設定しがちですが、成長を生むのは挑戦的なゴール」と言い切る。

達成率は、「目標をどれだけ達成できたか」を示す指標で、成長率は「以前の自分と比べてどれだけ伸びたか」を表す。達成率だけに目を向けると、結果が出なかったときに「できなかった」という評価だけが残り、その過程で技術や思考がどれだけ向上したのかは見えにくい。

一方、成長率に目を向ければ、たとえ目標に届かなかったとしても「どこが伸びたのか」「次に何を改善すべきか」が見えてくる。結果ではなく成長のプロセスに意識を向けることで、前向きな思考を保ちながら継続的なレベルアップにつながる。結果だけで評価すると挑戦を避ける思考になりやすい。成長率を重視することで、失敗も次の成長につなげることができるのだ。

さらに結果を変えるためには、行動だけでなく「前提」を疑う思考も必要になる。行動を変えて結果を改善するのは「シングルループ学習」と呼ばれる。前提そのものを見直す「ダブルループ学習」は、より大きな変化を生む。

例えば「手の指は10本あるのだから、一度に10回分叩ける」と考えれば、目標達成の方法そのものが変わる。ゴルフでも同様に、練習の前提を変えなければ結果は過去の延長線上にとどまってしまう。

ゴール設定では「期限」を設けることも重要だ。夏休みの宿題と同じで、期限があることで人は行動を変える。例えば「この1カ月の間に優勝争いしていない自分はあり得ない」という状態を設定すれば、日々の取り組み方は自然と変わる。

また、シーズン中のコーチングでは感覚的な言葉ではなく、すべて数字で会話するという。「きょうは球がつかまらなかった」「インパクトが悪かった」といった言葉は解釈に過ぎない。しかし「パーオン率は18分の13だった。あすはこの番手を練習する」といった数字は客観的で、議論が曖昧にならない。

■思考の仕組みを整えることが好結果への引き寄せとなる


メンタルの強さとは、感情をコントロールすることだけではない。ゴール設定、コンフォートゾーン、前提思考、そして客観的なフィードフォワード。こうした思考の仕組みを整えることが、安定したパフォーマンスを生む。

2024年11月から出口氏のトレーニングを受けているプロ3年目の岡田晃平。ツアー未勝利だが、プロ1年目に賞金ランキング50位でシード権を獲得する注目株だ。昨年はトップ5入り5回を記録して同38位にランクアップ。メンタルトレーニングの効果を肌で感じている。

セッションを受ける前は「自分にプレッシャーをかけてしまうタイプ」だったと話していた。ティショットで「絶対に打ってはいけない」と思えば、逆にそこへ打ってしまう。グリーンを狙うときもピンばかりを意識し、リズムを崩す悪循環が課題だった。それにより、序盤は思考を“禁止”から“肯定”に切り替えるトレーニングを行っていた。

“ここは絶対にダメ”ではなく“ここにこう打とう”と意識を変える。ネガティブな発想は、ミスの記憶を呼び起こして体が硬直し、スイングのリズムを狂わせることにつながるからだ。これこそがフィードフォワード。岡田はメンタルセッションを受けてから8カ月のタイミングで「踏ん張りどころやストレスがかかるとこが少なくなってきた。メンタルトレーニングからマネジメントが変わって結果に出てきている」と話していた。

トレーニングは、大会の練習日から土曜日の夜(予選通過時)まで、毎日30分間のリモートセッションを実施。試合前には前週の課題と対策を整理し、次にどうつなげるかを確認。ラウンド後は“思考のゴミ”を整理し、翌日のプレーにつながる練習メニューをともに練っている。

トッププロゴルファーが結果を出し続ける理由は、技術や才能だけではない。見えないところで積み重ねられている『思考のトレーニング』こそが、好結果を引き寄せているのかもしれない。

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