2026年の「AIG女子オープン(全英女子)」で、桑木志帆が自身初の海外メジャー制覇を果たした。エスター・ヘンセライト(ドイツ)とのプレーオフを制し、2025年の山下美夢有に続いて日本勢が大会2連覇を達成したかたちだ。
優勝の歓喜の瞬間に、左手に握られていたのはブリヂストンスポーツの『TOUR B XS YE』つまり“黄色のゴルフボール”であった。筆者が過去の記録を調べた範囲では、男子4大メジャー、女子5大メジャーという男女のレギュラーツアーのメジャー大会で、カラーボールを使用する選手が優勝したのは初めてだった。桑木のメジャー初制覇は、カラーボールにとっても歴史的な1勝だったのである。
この黄色いボールには海外のトッププロも反応した。2013年の全米オープン覇者で、リオ五輪金メダリストのジャスティン・ローズが自身のXで桑木の黄色いボールに触れ、自らが使用するボールメーカーのタイトリストに黄色いボールを頼もうか、という趣旨の投稿をした。世界のトッププロも気になった“黄色いボール”。桑木はなぜ白ではなく、黄色を使うのだろうか。
桑木にとってカラーボールは、全英女子のために用意した特別な“勝負球”ではない。2024年、JLPGAの取材でカラーボールを使う理由について、こう答えている。
「アマチュアの時からずっと、です。オレンジもつかったことがあります。どうしてかというと、コースでカラーボールはすぐに私のボールだとわかるから。誤球をすることがないし、ショットをしたら、カラーボールへ一直線に向かうだけ。見やすいし、次のショットを考える時間まで短縮できますよ」
桑木がアマチュア時代からカラーボールを愛用していたことが分かる。単に「黄色が好き」という理由ではない。自分のボールがすぐ分かる、誤球を防げる、ボールを探す時間を減らし、その分、次のショットを考えることができる。桑木にとってカラーボールはファッションではなく、プレーを組み立てるための道具なのだ。
一方で、ゴルファーからは「カラーボールは白いボールより飛ばないのではないか」という話を聞くことがある。そこで桑木が使用するボールを製造するブリヂストンスポーツに聞いてみた。
「白系も実はカバーに顔料を入れて白くしています。イエローも同じくカバーに顔料を入れて着色しているので、違いはないです」
白いボールは素材そのものが白く、カラーボールだけが着色されているような印象を持つ人もいるかもしれない。しかし、白系も顔料を入れて白くしている。黄色も同様で、同じモデルなら色による性能差はないということだ。桑木はその黄色い『TOUR B XS』で世界最高峰のメジャーを制した。「カラーボールは飛ばない」「競技では白の方が有利」といったイメージを払拭するには、これ以上分かりやすい結果もないだろう。
では、カラーボールはいつ頃から登場したのだろうか。米国『Golf Digest』が紹介したカラーボールの歴史を調べると、意外なほど古い。1890年代には『ジャングル・ブック』の作者ラドヤード・キプリングが、雪の中でボールを見つけやすくするため、ゴルフボールを赤く塗ってプレーしていたという。さらに1920年代後半には、Wilsonが『Hol-Hi』というボールをカナリアイエローとオレンジで販売していた。
つまり「ボールを見つけやすくするために色を付ける」という考え方は、100年以上も前からあったことになる。プロの世界で大きな注目を集めたのは1982年である。ウェイン・レビがハワイアン・オープン、ジェリー・ペイトがザ・プレーヤーズ選手権をオレンジ色の『Wilson ProStaff』で優勝した。特にペイトがTPCソーグラスの18番でオレンジのボールをピンそばにつけ、勝利を決めた場面は、PGAツアーの歴史にも残っている。
カラーボールの歴史をさらに調べると、色だけでなく技術の進歩も見えてくる。例えば特許では、タイトリストを展開するAcushnet Companyが1982年5月28日、「Golf ball with fluorescent cover(蛍光カバーを備えたゴルフボール)」を米国で出願している。
当時すでに蛍光色を表面に塗ったゴルフボールはあったが、塗料が剥げたり摩耗したりする問題があった。そこで蛍光顔料や染料を表面に塗るのではなく、カバー素材そのものに混ぜ込むことで、耐久性や外観を向上させようとしたのである。
これは今回、ブリヂストンスポーツから聞いた「白系もカバーに顔料を入れて白くしている。イエローも同じくカバーに顔料をいれて着色している」という現在のボールにもつながる話だ。
前述のとおり、1982年がカラーボール誕生の年というわけではない。1920年代には商品化されている。特許から分かるのは、カラーボールが単に「白いボールに色を塗ったもの」から、ボールそのものの製造技術として進化してきたことだ。
日本でもカラーボールには歴史がある。1997年に大ヒットしたブリヂストンスポーツの『NEWING』が売れすぎて、同じ組で同じボールを使う人が増え、見分けがつきにくくなったことが一つの理由として、ピンク、ブルーなど5色のカラーバリエーションが登場している。
さらにプロの世界へ広がったのが2000年代後半だ。2009年にブリヂストンスポーツから『ツアーステージ X-01B+スーパービビッド』が登場し、丸山茂樹、宮本勝昌、近藤共弘らがイエローやオレンジのカラーボールを使用した。当時、プロからは「イエローは見やすい」「自分のボールであることがはっきり分かるので、セカンドショットのコース攻略を早く立てられる」「好きな色を使うとポジティブな気持ちになる」といったメリットが聞かれた。桑木が語っているカラーボールのメリットとほとんど同じである。
これだけメリットがあるのに、なぜカラーボールは白いボールを追い越さないのだろうか。10年前に著者が複数のメーカーに確認した時、販売数量に占めるカラーボールの割合は2~3割程度だった。カラーボールを使うゴルファーに聞くと、「見やすい」「他のプレーヤーのボールと見分けやすい」との答えが多かった。
一方、面白かったのは「同じ組で同じ色のカラーボールを使う人がいると使いたくない」という声である。今回、ブリヂストンスポーツに『TOUR B X/XS』について聞くと、イエローの販売割合は約20%、残り80%はホワイト、パールホワイトなどの白系とのことだった。約10年前と大きく変わっていない。
カラーボールの最大のメリットは、自分のボールだとすぐ分かることである。ところが、同じ組で全員が黄色を使えば、そのメリットは薄れる。白が多数派で、その中に黄色やオレンジ、ピンクが混じる。4人に1人程度という比率は、意外にバランスが取れているのかもしれない。
ただ、桑木の今回の優勝は、カラーボールに対するイメージを変える可能性がある。100年以上前、雪の中で見つけやすくするために赤く塗られたゴルフボール。1920年代には黄色やオレンジの商品が登場し、1982年にはオレンジ球がPGAツアーで勝利した。そして2026年、アマチュア時代からカラーボールを使い続けてきた桑木志帆が、黄色い『TOUR B XS』でメジャーの頂点に立った。
「カラーボールは飛ばない」は根拠のない話で、白いボールと性能は変わらず、それでいて見やすく、見分けも付きやすい。そして世界最高峰のメジャーでも勝てるのだ。
桑木が全英のリンクスで使った黄色い1球は、100年以上続くカラーボールの歴史に、新たな1ページを加えたといえそうだ。(取材・文/嶋崎平人)
