そんなスピースの歩みを、プロを目指す米国の若いゴルファーたちは「ジョーダン・スピースする」と動詞化し、目標にしている。そうやって“第2のスピース”を目指す筆頭が、全米ジュニアランクで現在1位のシェフラーだ。大学もスピースが在籍したテキサス大学への進学を希望しているという。そんなシェフラーに、かつてのスピース同様、ジュニアのうちからこの大会でプレーする機会を与え、じっくり育てていこうという姿勢。
「ジョーダンもスコッティも、我らがテキサスの宝だ」
大会を支えるボランティアの人々は誇らしげにそう言っていた。その考え方、その姿勢こそが、大物選手が不在でも大勢の観客に足を運ばせる秘密、秘訣なのだと感じた。
アマチュアのうちにプロの大会に出場させてもらい、そこからプロの世界へ入っていったという意味では、石川遼も日本のゴルフ界や周囲から「育ててもらった」と言える。だが、石川がアマチュアのうちに日本ツアーで優勝した、しないに関わらず、日本のゴルフ界が3年、4年、5年と彼をサポートし続け、プロの世界に導いたかどうかは大いに疑問。
高校生がセンセーショナルに優勝したからこそ、その瞬間から注目を集め、国民的スターになったわけで、結果ありきのスター扱い。芽が出る前からサポートする米ゴルフ界とは、そのあたりの順番と姿勢がまるで異なる。そして、日本でセンセーショナルにデビューし、数々の勝利を挙げたこと、賞金王になったことと、米ツアーで勝つことは、はっきり言って、まったく次元が異なる。