昨年12月23日にS状結腸がんのため78歳で死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。一般参列も1000人を数えた。お別れ会終了後、尾崎三兄弟として活躍した次男の健夫、三男の直道が取材に応じた。
健夫は兄譲りの野球センスでプロ野球のドラフトにも指名されたほどだが、兄の導きで高校卒業後にゴルフ界へ。直道も高校時代に千葉に引っ越して兄の背中を追ってプロゴルファーとなった。健夫はツアー通算15勝、賞金王を2度獲得した直道は32勝を数えて「ジャンボ、ジェット、ジョー」の愛称で尾崎三兄弟として人気を博した。
直道は兄の最期について「自分の思うまま、欲するままに戦い抜いた人生だったと思います。最後の顔は遠くから見たら本当に静かな感じで、お釈迦様みたいな感じに僕は見えた。本当に、最後は生きながら仏になっていったなと、僕は感じましたね」と語った。
普段は兄弟であまり話をしなかったそうだが、亡くなる1週間ほど前のエピソードを健夫が明かす。「あの時はよくしゃべったね。冗舌でした。その時に聞いたのは、本名は正司なんですけど、『兄やん、いつから尾崎将司にしたの?』って聞いたら、『ゴルフの時は“将司”だ。今は子供の時の“正司”に帰り立ったんだ』と言ってました」と最後は“正司”に戻っていたという。
そして二人が驚いたのは、故郷の徳島県宍喰町(現・海陽町)に「ジャンボ尾崎」のお墓を準備していたこと。
「やっぱり心の底は宍喰。そういう人間であり続けたんだと思います。オヤジも軍隊から帰ってすぐジャンボが生まれて。かなり厳しい教育をした。本当に侍のようなね。結局、オヤジのもとへ帰ったのかな」と健夫が言えば、直道は「よっぽどあそこに帰りたかったんだね。『三つ子の魂百まで』っていうけど、やっぱり高校までの宍喰での生活っていうのが、最後までそういう魂、ジャンボを突き動かしてきたのかな」。名前を戻しただけでなく、尾崎さんの故郷を思う気持ちを明かした。
