棚橋 「ええ、テレビで何度か。実際に足を運んだことはないですが」
中里 「ぜひ来て下さい! プロアマにも、よければぜひ(笑)。でも実際、ゴルフ場や練習場に人は沢山いるんですけど、ツアー会場に足を運んで下さる人が本当に少ないんです。
今日の本題ですが、新日本プロレスさんではどのように人気回復をしていったのかというのを伺いに来ました。プロゴルファー代表として!」
【教訓その1、信念を持って“ブーイング”を恐れるな!】
棚橋 「2006年に初めて僕が『IWGPヘビー級』チャンピオンになった当時、プロレスが置かれていたシチュエーションというのは、マスコミの方がプロレスをそれほど扱ってくれなかったんです。印象がよくなくて。
なので、大会の告知をする前にまず“棚橋”を売り込もうと思った。幸いにして、僕はたまたまビジュアルがよかったので(笑)」
中里 「それは間違いないですね(笑)。当時、かなり危機感を感じていらっしゃったんでしょうか?」
棚橋 「そうですね。あとはチャンピオンになったすぐ後だったので、責任感というか、“オレしかいない。新日本プロレスをなんとかできるのは、オレしかいないんだ!”って」
