「あのころの僕は、それはそれは貧しかった。プロになってマスターズに出ることは子供のころからの夢だったけど、あのころは夢のためではなく、生活費を稼ぎたい一心で、一刻も早くプロになろうと思い立った。失うものは何一つない。賭けに出よう。そう思って、僕はプロ転向を決意した」
そのギリギリ感が常にスピースを駆り立て、出場わずか4試合目でスペシャルテンポラリーメンバーへ。その記念すべき大会が2013年の今大会だった。晴れて米ツアー選手になったスピースは、翌年は夢のマスターズに初出場し、優勝争いに絡んで2位になった。そんな彼の猛スピードの歩みは、米ツアー選手を目指す若者たちの間で「僕もジョーダン・スピースしたい」という具合に動詞化され、彼らの目標に掲げられている。
7位に食い込んだ2013年大会から2年が経過した今年、思い出のイニスブルック・リゾートで勝利を飾ったスピースは、まだ米ツアー3年目でありながら、短期間のうちにプロゴルファーとしての歴史を着々と刻みつつある。
年令を気にしているのは「周囲ばかりなり」と、スピースは優勝会見で言ってのけ、プレーオフ中の素敵な秘話を明かしてくれた。
「(プレーオフ2ホール目の)16番で僕はうっかりショーン(オヘア)のラインを踏みそうになった。『おいおい、このごろのヤングキッズは年上を敬うことを知らないんだよな』とショーンはユーモラスに言って笑ってくれた。だから僕も『まったくだ。ホント、お前ら、なってないぞって僕もルーキーたちに言ってやったよ』って、ユーモアで返した。だけど、プレーオフのような状況では、戦う相手が何歳かも、誰であるかも関係ない。何が起こるかわからないのがゴルフなのだから」