最終日の前夜、ワグナーはこう言っていた。「不調が続いていると、ときどき自分が何をしてきた人間であるかを忘れてしまう。だから僕はこの数週間、自分自身にこう言い聞かせてきた。『オマエは米ツアーで3勝も挙げたすごい選手なんだぞ』って。幼いころは、ただただ米ツアー選手になりたかった。その夢が叶い、3勝も挙げたんだから、もはや僕には失うものは何もない。そう思って、明日はとにかく前向きな気持ちで戦うよ」。それでも勝利には、あと一歩のところで手が届かなかった。
ワグナーの言葉は、そのまま石川遼へのアドバイスにもなりそうな気がした。米ツアーメンバーとして本格参戦を開始したものの、なかなか成績が上がらず、とりわけパットの不調が続いて、来季シード獲得が苦しくなりつつある石川。が、彼は元々、ポジティブな思考の持ち主ゆえ、ワグナーのように自分の実績や功績を忘れてしまうなんてことは、ないのかもしれない。
けれど、石川とて普通の人間だ。ましてや、まだ若く、プロとしての経験も豊富ではない。日本で何勝したかを忘れることはないにせよ、自分がかつてどれほどポンポンと面白いようにパットを沈めていたか、どれほど怖れを知らぬアグレッシブな攻め方をしていたか、そういう武器になっていた彼ならではの感覚を忘れてしまうことはあるだろう。無意識のうちに「らしさ」を忘れ、自分らしからぬプレーをしてしまうこともあるだろう。
そんな日々が「辛くない?」と尋ねたら、石川は「意気込んで(米ツアーに)来たけど……」と言って、一瞬、言葉を飲み込んだ。が、数秒後、「今はそういう時期だと思う」と前を向いた。言葉を詰まらせ無言になったあの一瞬、石川が「オレは、あの石川遼なんだぞ」と思うことで、自信とやる気を呼び起こしてくれていたらいいなと願う。
泣きっ面にハチのときもある。が、「そういう時期」を乗り越えれば、いつかきっと、ワグナーにも石川にも、今日のブリクストのような「たくさんのドリーム・カム・トゥルー」がやってくる。