心身ともに「どん底にいた」キャントレーだったが、それでも失わなかったのが「プレーへの情熱」。「“いいプレーをしたい”という気持ちは、ずっと変わっていない」と、周囲のサポートを受けながらトレーニングやスイングの微調整を続けた。
石川遼もプレーへの情熱を失うことはなかった。日本ツアーにスポット参戦すれば優勝する力はある。日米ツアーの差だけでは片づけられない。米国で勝つ、マスターズで勝つという目標を持ち続けているからこそ、情熱を失うことなく、復活への道を常に探っているのだ。それが日本であれ、米国であれ。
キャントレーがようやくプレーできるようになったのが、17年2月の「AT&Tペブルビーチプロアマ」。公傷制度の適用で10試合の出場が保障されていたが、それ以降も参戦するには同大会以降の9試合で約61万ドルを獲得することが必須だった。その状況で挑んだ復帰後の第2戦「バルスパー選手権」で、単独2位に入って約68万を獲得。ケガと戦いながら挑んだ同シーズンは出場13試合中、4度のトップ10入りを果たして徐々に自信を取り戻した。同年11月の「シュライナーズホスピタルforチルドレンオープン」でつかんだ、初の優勝カップ。「決して諦めなかった」と、執念のツアー初優勝を手に入れた。
そんな選手の復活物語を見ると、石川の姿をどうしても重ねてしまう。順風満帆なプロスタート。若くして注目を浴びたのも同じだ。将来を有望視されたのも一緒。石川は米国ツアーで5年間戦ってきた。つまずくたびに立ち上がってきた石川。同世代のキャントレーに続き、再びはいあがるために。ゴルフへのあふれる情熱を今年も見せてくれ、悲願の米国優勝への道を切り開くことができるはずだ。