ジャパンブランド復活元年 ヤマハは絶対、面白くなる
取材/文・金子信隆 写真・鈴木健夫
配信日時: 2021年7月1日 03時00分
音にこだわってきたからこそ性能に”全振り”できる
でも、このまま引き下がるヤマハではない。反転攻勢の拠点として昨年ついに落成したのが、冒頭で紹介したゴルフR&D(研究開発)センターだ。
「今まではクラブに関する要望を出してから反映されるまで2週間くらいかかることも多かったですが、そういったことはなくなると思います。それに、いろんなアイデアをここで温めたり実験したり、可能性が大きく広がると思います」
センターのお披露目会見でそう語ったのは、ヤマハの看板プロである藤田寛之。藤田といえば、一昨年の製品プロモーションビデオでヤマハに対して強い危機感を吐露したことが話題になった。契約選手として29年目。もはやファミリーといえる関係だからこその愛ある叱っ咤に呼応するようにして、ヤマハは積極投資に舵を切った。
この最新鋭の拠点で開発の陣頭指揮を執るのは若きリーダー、角田幸介。もしかすると藤田の発破に最も強く反応した人間かもしれない。なぜなら、開発者として藤田に育てられたという思いがあるからだ。
「入社直後の07年から、導入したばかりのトラックマンを持って藤田さんの弾道データを頻繁に取りに行く生活をしていました。その経験が開発者としての基礎にあると思います。藤田さんは現在も他社製品との性能比較テストにも積極的に協力してくれます。われわれ技術者はエビデンスがないと動かない生き物ですが、最も信頼の置けるデータが取れるわけですから」
海外メーカーとの飛距離性能の差を痛感した角田は「1回、性能に振り切る」ことを提案する。「そんなこと当たり前じゃないか」と思われるかもしれないが、これは音楽をアイデンティティに持つヤマハにとって極めて大きな決断。企業理念の「感動を・ともに・創る」を実現する製品には、打球音とそれに伴う打感のよさは決してなおざりにできない。そのこだわりは「音が悪いクラブは(いくら性能がよくても)発売できない」(角田)というほど。
しかし、逆説的かもしれないが、「音」への飽くなき追求をしてきたからこそ、「音」を度外視して、性能に“全振り”できる。楽器を含めたデータとノウハウの蓄積により、感性の領域と思われていた「いい音」を数値化することに成功。CADで設計する段階で音のよしあしは分かるため、作ってみたら音が悪かったということは、ほぼ起こらない。いい音のクラブを作る絶対の自信があるからこその決断でもあった。
角田は「クラブの進化は止まらない。止まると思った時点で、開発者失格です」と語る。自らの発想だけでなく、広くアイデアを募り、ざっくばらんに意見を交換する取り組みも実を結びつつある。
プレーヤーが主役なのは音楽もゴルフも同じ
あまり知られていないことだが、デザイン部門を社内に抱えているクラブメーカーは意外に少ない。しかもヤマハの場合、ゴルフクラブに特化したデザイナーがいるわけではなく、楽器もクラブもデザインする。社内のデザイナーが手がけるから、ヤマハ独自のデザイン哲学を幅広い商品群に一貫させることができ、ゴルフクラブにもヤマハのアイデンティティを感じさせることができる。13年前からヤマハのクラブを一手に引き受けてきた齊藤大輔は、大ヒットした初代の〈UD+2〉のデザインも手がけた。
「特徴的な形状のクラブなので、いかに“普通”に見せるかに苦心しました。幅広ソールのため、構えたときにソールの後ろ側が見えてしまいます。17年モデルはそれをミラー仕上げにすることで芝が映り込むようにして解消しました」
ゴルフクラブのデザインとは、ソールやバックフェースにカッコいい意匠を施すだけではない。使う人がどう感じるか、見た目がスイングにどう影響するかの想像力が必要なのだ。それは齊藤がミュージシャンとのコミュニケーションを通じて楽器をデザインするのと同じことで、藤田との対話からも多くを得ている。
齊藤に少し意地悪な質問をしてみた。せっかく性能的に突出したクラブを開発したのに、“普通”に見せようとするのはもったいなくないですか?
「ヤマハのデザイン哲学において、製品が控えめであることは重要なんです。バーン!と飛んだときに、周りから『そのクラブすごいね』と思われるようではダメで、打った本人が『カッコイイ』と思われるようでないと」
まさに楽器と同じ。いい演奏をしても「楽器のおかげ」と思われるのは、演奏者はもちろん、メーカー側も本意ではないだろう。音楽もゴルフも主役はプレーヤーだ。
感性を熟知したヤマハというメーカーが、最新鋭のR&Dセンターという武器を得て、次に出るのは“原点回帰”の思い切ったクラブになるだろう。おそらく現在、女子ツアーに投入されている“黒塗り”ドライバーがそれなのだろうが、いまだ詳細は不明。全容が明らかになるのが待ち切れない。(文中敬称略)
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入社当初から藤田寛之という一流プロとかかわれたことは財産だと語る角田。今では二人三脚で開発に取り組む間柄