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打打打坐 第84回【ラストゴルフは私と】

打打打坐(ちょうちょうだざ)とは、打ちまくって瞑想の境地に入るという造語。コースで打たなければわからないと試打ラウンドだけで年間50ラウンド以上しているロマン派ゴルフ作家が、瞑想、妄想、迷走…… 徒然なるままにゴルフを想い、語るというお話。

2021年11月26日

最期のゴルフと儀式

 
僕は20代後半で、その先輩は還暦を少し過ぎていました。ゴルフショップのお得意様で、複数の企業を経営していて、熱心なゴルファーとしてもリスペクトできる先輩でした。年に何度かゴルフに一緒に行くようになって数年が過ぎていて、先輩の最年少のゴルフ仲間として、可愛がってもらっていたのです。

毎週のように来店していたのに、突然、それが止まりました。振り返れば、バブルが弾けた時期でしたが、世間はそれを後になってから理解したほどで、まだまだ、不景気という実感はなかった頃です。先輩が来店しなくなったのは、入院していたからだとわかったのは、本人から電話があったからでした。

「退院したら、いつものメンバーでゴルフをしたいんだけど、この日は大丈夫かい?」

翌週でしたが、二つ返事で了解しました。

当日は、いつものように自宅まで僕が迎えに行って、一緒に先輩のメンバーコースに向かいました。少し痩せた、と感じましたが、行きの車内で、先輩は元気いっぱいで、いつもと変わらない感じだったのです。

コースに着き、プレーが始まると、異常な事態に僕は戸惑いました。先輩は、年齢では考えられないほどの豪打を武器とするゴルフをするのですけれど、ドライバーで180ヤードぐらいしか飛ばず、アイアンも7番で100ヤードぐらいしか飛ばないのです。キャディさんは、何度もプレーしている顔見知りで、番手の把握やライン読みが信頼できる人でした。すぐに、アジャストして、先輩専属のように働いていました。上り坂は一歩ずつゆっくりしか上がれず、息も上がって苦しそうでした。ハーフを終えると、朝、家の玄関まで見送りに出てきたはずの奥様がグリーン脇で待っていました。

「すまんね。今日はありがとう。本当に楽しかった。ハーフで失礼するよ。悪いけれど、バッグは18ホール一緒にやらせてもらって、家まで届けてくれるかい?」

先輩は、用意されたセリフを話しているように、すらっと言って、奥様とそのままクラブハウスに消えました。

その後のハーフで、先輩の友人たちから、手術が出来ない場所に癌が出来て、色々な治療をしてもダメで、ゴルフが出来るうちに最期のゴルフを、ということで今日になった、と聞きました。僕には知らせていない、ということも彼らは知っていたそうです。

プレー後、食事以外の料金は先輩が支払い済みでした。バッグを持って、先輩の家に行くと、お手伝いさんが出てきて、バッグを受け取ってくれました。ゴルフを奢ってもらったお礼をしたいと話すと、ゴルフコースから、直接、病院に行き、再入院したと教えられて、交通費だと封筒を渡されました。遠慮をしていると、中にお手紙もあるようなので、と強引に渡されたのです。

手紙は、もう生きて病院を出ることはなさそうだという告白と、死後、お願いしたいことがいくつかあると書かれた長文のものでした。いつもご一緒する先輩のお仲間の連絡先も書かれていて、同封してあったお金は交通費としては20回分を超えるものだったのです。

お見舞いは来ないで欲しい、と書かれていたので、そのまましばらくすると、先輩が亡くなったという連絡が来て、同時に、お願いされたことを実行する委員会が立ち上がり、僕もそのメンバーとして色々と準備を始めました。僕の担当は、先輩のメンバーコースで、先輩を偲ぶ会というコンペをする段取りをすることと、儀式が滞りなく進むことを監視する役割でした。

儀式は、そのコンペが開催される早朝、日の出とほぼ同時に行われました。最期のゴルフに付き合った僕を含めた3人が立ち会って、先輩の遺骨の一部が入ったチタン製の小さなカプセルを18番グリーンに埋めるというものでした。

朝日でグリーンが照らされていく中で、協力をしてくれたグリーンキーパーが、カップを新しく切る作業を始めました。前のカップを埋める際に、そのカプセルを深く埋めて、合掌するのに合わせて、僕らもグリーンの外から合掌しました。“大好きなコースのホームホールのグリーンに眠りたい”という先輩の願いが叶った瞬間でした。

コンペの受付を設置するには、まだ少し時間があったので、クラブハウスのソファで3人で話をしました。

「あれを理想だと思っちゃダメだよ」

と注意されました。僕は、その瞬間まで、まさに、理想的だと考えていたのです。

「どれだけの人に迷惑を掛けていると思っているんだ、ということだよね」

もう一人も被せました。確かに、グリーンへの分骨は、本が書けるほどの二転三転のドラマがあって、最終的には、情熱と心意気でやっと実現したのです。僕ら三人だけではなく、多くの関係者に迷惑がかかっていたのは事実でした。

「あの人は、ゴルフになると、ちょっとダメな人になってしまうところがあって、それが素敵なところでもあったのだが、悔いが残るゴルフ人生が、最期にワガママになって吹き出してしまったんだ」

冷静になって考えました。確かに、その通りなのかもしれない、と思ったのです。

「死ぬことでゴルフコースに迷惑を掛けるのは、ゴルファーとしては下の下なんだよ」

「このことも、僕らだけの秘密にしたのは、彼の名誉のためでもあるのだから」

大人のゴルファーは、思慮深いものなんだ、と改めて感じた経験になったのです。

オールドゴルファーたちのラストゴルフ

あの儀式から30年経ちましたが、ゴルフコースに散骨したいという相談を、熱心なゴルファーから受けたことが何度かありました。基本的には、迷惑だからやめたほうが良いとアドバイスするようにしています。

遺灰を撒くぐらいなら、プレーしながらでも出来る、と、強行した人の話を聞いたこともあります。

「グリーンに預かった遺灰を撒いてさ。○○さんも本望だろうなぁ、と安心したのね。しばらくして、そのコースに行ったら、撒いたところのグリーンの色だけが変わっていたんだよ。○○さんの“ゴルフがもっとしたい”という執念を感じて、鳥肌が立った。散骨なんて、するもんじゃないよ。怖いからそのコースには、もう行かないことにしている」

グリーンは、科学力を駆使して管理されています。散骨したことによって、pH値がその場所だけ大きく変わったり、散布している溶液と科学的な反応があったりするケースがあるのです。呪いでも執念でもなく、単に無知故の悪行の結果に過ぎません。

当たり前のことなのですけれど、死ぬ間際までゴルフをする人は稀です。特に高齢の場合は、自分で、もうゴルフは卒業だと決めて、かなり早めの年齢をラストゴルフにする傾向があります。

社用族ゴルファーだった人は、退職後、ゴルフ三昧という夢を抱くケースがありますが、実現できるのはほんの一握りで、その他の多くの人は、退職後数年でラストゴルフになってしまうのです。

理由は簡単です。年金生活は、そんなに甘くない、ということが一つ目です。領収書を出せば、経費で落ちていたゴルフの費用は、自腹で払おうとすると想定していたよりも重い負担になるそうです。もう一つは、プレーする仲間が集まらなくなってしまうことです。社用族の絆は、ビジネスで成り立っていますので、仲良しだと思っていた人と、どんどん疎遠になっていくのです。

つまり、オールドゴルファーの多くは、趣味としてゴルフが出来ていなかったというなのだと思います。

これが最後のゴルフだという自覚がないまま、いつも通りにしたゴルフが、結果として、ラストゴルフになったというオールドゴルファーがたくさんいるのも、そういう背景を知れば理解できます。

ラストゴルフだと構えず、知らぬ間に、ゴルフをしなくなっていた、というのが理想だという話も聞きます。とはいっても、僕は、出来ることなら、コレが最後だと覚悟をして、ラストゴルフをしたいと思うのです。

遙か先のラストゴルフを想え

いきなりですが、今回でゴルフエッセイ・打打打坐は最終回です。

振り返れば2020年の春。新型コロナウィルスのパンディミックで、混乱する世界の中で、ゴルフを自粛しようという雰囲気をぶっ飛ばそうと、“ゴルフを安全にしましょう!”と、“今こそ、ゴルフだ!”というテーマで始まりました。

あの時点で、現在のように若いゴルファーが急増する未来を予測していた人は皆無でした。

若いゴルファーにとって、ラストゴルフは現実味がない遙か先のことだと思います。本当にそうでしょうか?

ゴルフは未熟な恋とよく似ています。ある朝、目覚めたら、前日まであんなに好きだったのに、突如、別になくとも良いか、という気分になることがあるのです。バーンアウトとか、色々な呼び方がありますが、燃え尽きてしまうことは誰にでも訪れます。

「今日が最期のゴルフだと思って、真剣にプレーしないと、雑なゴルフに侵食されるよ」

冒頭の尊敬していた先輩が亡くなった翌年に、あるプロゴルファーからもらったアドバイスです。30歳前だった僕には、全く響きませんでした。最期のゴルフという緊張感が、全くイメージできなかったからです。

今、50代の半ばになって、最期のゴルフは明確なイメージが出来るほど身近になりました。たくさんのゴルファーを見てきましたが、60代でゴルフを卒業もたくさん見てきたからです。もう満腹で、ゴルフでの悔いはない、という状態には一生なれないと思いますが、自分なりに理想のラストゴルフをいくつか考えたりしているのです。

若いゴルファーと話をすると、とにかく、ゴルフは楽しくてしかたがない、とキラキラしています。何十年もゴルフを続けているゴルファーも、若干の差はあっても、ゴルフが楽しいという部分では同じです。最後の最後のラストゴルフも、間違いなく楽しくてしかたがないゴルフになりそうです。

最終回と言うことで、ラストゴルフというテーマで書きました。可能性で考えると、覚悟のラストゴルフができるゴルファーは少数派で、かつ、幸せなのかは、ちょっと微妙な気もしてきます。

不慮の事故的なトラブルで、突然、ゴルフが出来なくなって、振り返れば、あの日がラストゴルフだったとわかるのが、現実なのかもしれません。

ラストゴルフを意識するようになってから、ゴルフを普通に出来ることに感謝する気持ちが増しました。大事なのは、いつでも、そういう気持ちを持つことなのだと思うのです。

先日、専門学校でゴルフを教えていた頃の教え子からさり気なく言われて、ドキッとしました。

「先生。いつまでもお元気でお過ごしください」

そういう挨拶をされる年齢になったのだと、痛感したのです。

僕のラストゴルフは、もう少し先だと思います。
打って打って、それでも、打って…… 悟りの境地に入れるように、ゴルフに感謝しながら、楽しむしかないのです。

【著者紹介】篠原嗣典

ロマン派ゴルフ作家・ゴルフギアライター。ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、現在はゴルフエッセイストとして活躍中。
 
 

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