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打打打坐 第6回【唇と108ミリの悲哀】

打打打坐(ちょうちょうだざ)とは、打ちまくって瞑想の境地に入るという造語。コースで打たなければわからないと試打ラウンドだけで年間50ラウンド以上しているロマン派ゴルフ作家が、瞑想、妄想、迷走…… 徒然なるままにゴルフを想い、語るというお話。

2020年05月22日

ゴルフを面白くした4.25インチ

 
ゴルフはホールにボールを沈めるゲームです。その最終目標であるホールの直径が、4.25インチであることが、このゲームを面白くしていることは書くまでもありません。

大きすぎず、小さすぎないホールが、4.25インチになったのは、トム・モリス・シニアが、セントアンドリュース市の水道管を切ってホールに入れたからだという説が有名ですが、実は、正確にはよくわからない、というのが真相です。

例えば、セントアンドリュースのコースが水道管を正式なホールとして認めたとされる1825年に、ロイヤル・マッセンバラGCで、既に4.25インチのホールカッター(ホールを切る器具)が採用されていたという記録もあるのです。

いずれにしても、19世紀初頭、適当に掘ったホールは不明確で、かつ、次のショットをティーアップするために中の砂を掘り出す行為が当たり前だったことから、ホールの直径がどんどん大きくなってしまうという現象が多発して、解決策が求められていました。同時多発的に、同じ条件でプレーができるホールカップが採用されたということは、必然だったのだと思われます。

ゴルフの神様のイタズラで決まった4.25インチのホールは、もう少しで採用されてから200年になるわけです。ゴルフのホールがバケツぐらいの大きさならゴルフがもっと面白くなるし、初心者も楽しめるという考え方で、大きなホールを切って、ゴルフをするというイベントもありますが、スコアが良くなるのは一部の上級者だけで、意図したような結果にはならないそうです。

4.25インチのホールは、様々な物語を紡ぐ要素として、約200年間も機能してきました。2019年からはピンフラッグを立てたままでパットすることが認められて、ホールについてのエピソードに若干の変化があるといわれていますけれど、4.25インチのホールの奇跡は、まだまだ続くのです。

リップは唇にあらず

ホールの縁をくるりと回るようにして、入りかけたように見えたボールが出てしまうことは、ゴルフをする人であれば、誰でも経験があります。「カップに蹴られた」とも言いますし、「舐めた」とか、「舐められた」とも表現します。

同じようなシーンで、英語圏では「lip」とか、「lip out」を使うようです。唇だから、和訳されて「舐められた」なのかと連想するのは自由ですが、「lip」には『縁』とか、『へり』という意味もあるので、その辺りの意味合いで使用されていると言われています。

とはいっても、強いタッチでストロークされたボールが、反対側の壁に当たって跳ねながらホールに入る様子を「ガウプ(gulp)」と表現するのも事実です。和訳すれば「ゴックン」で、ものを飲み込んだときの擬音語です。つまり、ホールを口に見立てるという発想が、全くないとも言えないのです。

ホールの大きさが絶妙なのは、強すぎれば中央を通っても通過してしまうし、人が調整できない範囲の運不運の要素で、カップに入りかけたボールが縁を回って出てしまったりもすることでも理解できます。方向性が合っていることだけではなく、タッチという距離感も合っていなければ、パットは成功しないのです。

ゲームが面白くなる要素として、ギリギリの失敗とギリギリの成功が紙一重であることが挙げられますが、ゴルフには、その要素がたっぷりと含まれていて、パットは、その集大成なのです。

煩悩に苦しむのも幸せなのだ

先日、不思議な経験をしました。

試打クラブの撮影で同じコースに、2週間で6回行きました。いくつかのホールが6回とも同じホールロケーション、つまり、カップを切り直していなかったのです。グリーンがメンテナンス作業を終えたばかりだったのと、来場者が少ないので、カップの縁が痛まなかったのかもしれませんが、6回も全く同じピンポジションでプレーするのは初めてでした。

6回目なので、パットが入りまくったかというと…… いつも通りで、入ったり、入らなかったりでした。知り尽くした位置で、ラインも読めているのに、とガッカリしました。

振り返ってみれば、最後のラウンドのパットは、惜しいものばかりで、カップに蹴られたパットは4回もありました。そして、思ったのです。

『煩悩だなぁ。余計なことを考えて、欲に負けた結果に違いない』

4.25インチは、108ミリです。108というのは日本人にとって、除夜の鐘の回数であり、煩悩の数を想起させるのです。ゴルフ歴40年を越えて、惜しいパットに遭遇するたびに、108ミリという数字の偶然の奇跡に苦笑いします。

ゴルフは欲との戦いのゲームでもあります。特にパットは、結果が目に見えてストロークでわかり、取り返しが付かないものなので、ゴルフの中でも特別にシビアなのです。

今、この時間の瞬間も、世界万国で、ゴルフをする老若男女が、パットの結果に一喜一憂していることでしょう。でも、煩悩に絡めて、自分をなだめられるのは、この国でゴルフをしている僕らだけの特権だと考えれば……
少しだけ幸せな気分になれるのです。

【著者紹介】篠原嗣典

ロマン派ゴルフ作家・ゴルフギアライター。ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、現在はゴルフエッセイストとして活躍中。
 
 

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