【記者の目】デシャンボーも元々そう。PGAツアーに増える“地クラブGUYS”と“職人の仕事”
【記者の目】デシャンボーも元々そう。PGAツアーに増える“地クラブGUYS”と“職人の仕事”
配信日時: 2018年9月4日 02時10分
<デル・テクノロジーズ選手権 最終日◇3日◇TPCボストン(7,342ヤード・パー71)>
米国男子ツアーのプレーオフ(PO)シリーズ第2戦「デル・テクノロジーズ選手権」最終日が行われ、2位からスタートしたブライソン・デシャンボー(米国)がトータル16アンダーまで伸ばし優勝。先週の「ノーザン・トラスト」に続いてPOシリーズ2連勝、ツアー通算4勝目を挙げた。2打差の2位にはジャスティン・ローズ(イングランド)が入った。
■三浦技研とアーティザンゴルフを使うA・アンサー■
スタート時に首位に立っていたのは、27歳のアブラハム・アンサー。最終日は+2と伸ばせなかったが、筆者は密かに応援をしていた。デシャンボーが来そうな気配を漂わせていたが、アンサーが勝てば、大手メーカーに知名度でも規模でも及ばない、地クラブを愛用する【地クラブGUYS】が飛躍した年として記憶に残る気がしていた。
アンサーの使用アイアンは、米国のギアヲタゴルファーの間でも“神話”的な人気を誇る、三浦技研『MB-5005』。そして、ウェッジは新興メーカーで、米国でも知る人ぞ知る「アーティザンゴルフ」のもの。勝手にアンサーを“ギアヲタ”認定した筆者の目論見は外れたが、【地クラブGUYS】はアンサーだけではない。
■P・リードもアーティザンでマスターズ覇者に■
今季の世界4大メジャーは、既報のとおりクラブ契約フリーの選手がすべてを制覇した。大手メーカーの巨額の契約金に目がくらむことなく、自分に合うクラブをひたすら追求する姿勢はアマチュアと似ている。そんなギアに目の肥えた選手の活躍は、ギアヲタの筆者には嬉しくてたまらない。
そんな一人、パトリック・リードもまた、「アーティザンゴルフ」の51°と56°を使って「マスターズ」制覇を成し遂げた。今年のはじめはドライバーもアイアンも現在とは別のモデルを使用していたリードだが、ウェッジだけは変わらず「アーティザンゴルフ」。なぜなのか?
⇒パトリック・リード【クラブ契約フリー】で初メジャー制覇!
「アーティザンゴルフ」とは、ナイキがゴルフクラブを撤退後、アイアンやウェッジの職人のマイク・テーラーと、パター開発に長けたジョン・ハットフィールドによって生まれた。元ナイキのR&D「The OVEN」で働いていた職人が生み出したメーカーで、元ナイキ契約のリードの好みを知り尽くしていたのだ。
その後、マイク・テーラーはタイガー・ウッズのアイアン製作にも従事。今年5月にはついに『TW PHASE 1』アイアンを完成させ、そのバッグに収まっている。そして、これはあくまで「フェーズ1」であるため、来季以降には「フェーズ2」が投入されてもおかしくはない。もちろん、職人、マイク・テーラーが従事するはずだ。
■J・ダフナーはNational Custom Worksのアイアン■
春先に見たことのないアイアンを投入したのは、クラブ契約フリーのジェイソン・ダフナーだった。アルファベットは無刻印で、番手ごとに肉盛りの異なる独特の形状はギアヲタの注目の的。これは、「National Custom Works」というマスタークラフトマンの手によるものだった。
「National Custom Works」は、元スクラッチゴルフのメンバーが立ち上げたブランド。10年近く前から日本でも販売されていたブランドで、日本のギアヲタの間でも覚えている人もいるかもしれない。元マグレガーのマスタークラフトマン、ドン・ホワイトと、スクラッチゴルフ創設者の一人であるジェフ・マッコイという2人の職人が手がける。
ダフナーは、職人2人に自分に合う最適なアイアンをオーダーし、それを彼らは形にした。ダフナーは、契約することなく、彼らからクラブを購入して今季を戦っていたのだった。
■“科学者”デシャンボーは元々地クラブユーザー■
最後に、プレーオフで連勝をはたし、年間チャンピオンに一歩近づいた、ブライソン・デシャンボーについて。
彼の高校時代からプロ入りまで、二人三脚で「ワンレングスアイアン」の原型を完成させたのは、カスタムクラブメーカー、「イーデルゴルフ」の創設者、ディビッド・イーデルだった。日本でも「イーデルゴルフ」のウェッジやパターは人気で、愛用者も多いことだろう。
ディビッドは、1つのスイングプレーンで振りたいデシャンボーに対し、苦心して飛距離差の出るワンレングスを完成させた。同じ長さでロフトが異なるだけならば、通常のものよりも距離ピッチが出づらくなる。ディビッドは、ミリ単位でのヘッドの重心とウェイト配置を見直し、デシャンボーにとって最高の結果が出るワンレングスを4年以上をかけて完成させた。
その後、デシャンボーのプロ入りと共にディビッドは斬られた形となり、コブラへと契約が変わった。もちろん、現在の位置にまで上り詰めたのは、デシャンボーとコブラの努力の賜物ではある。
が、今日のデシャンボーの活躍の土台には、職人・ディビッドの飽くなき挑戦と追求があったことを筆者は伝えておきたい。そして、カスタムクラブを手がける職人の力が現代においても色褪せることなく必要とされ続けていることを嬉しく思う。
Text/Mikiro Nagaoka
米国男子ツアーのプレーオフ(PO)シリーズ第2戦「デル・テクノロジーズ選手権」最終日が行われ、2位からスタートしたブライソン・デシャンボー(米国)がトータル16アンダーまで伸ばし優勝。先週の「ノーザン・トラスト」に続いてPOシリーズ2連勝、ツアー通算4勝目を挙げた。2打差の2位にはジャスティン・ローズ(イングランド)が入った。
■三浦技研とアーティザンゴルフを使うA・アンサー■
スタート時に首位に立っていたのは、27歳のアブラハム・アンサー。最終日は+2と伸ばせなかったが、筆者は密かに応援をしていた。デシャンボーが来そうな気配を漂わせていたが、アンサーが勝てば、大手メーカーに知名度でも規模でも及ばない、地クラブを愛用する【地クラブGUYS】が飛躍した年として記憶に残る気がしていた。
アンサーの使用アイアンは、米国のギアヲタゴルファーの間でも“神話”的な人気を誇る、三浦技研『MB-5005』。そして、ウェッジは新興メーカーで、米国でも知る人ぞ知る「アーティザンゴルフ」のもの。勝手にアンサーを“ギアヲタ”認定した筆者の目論見は外れたが、【地クラブGUYS】はアンサーだけではない。
■P・リードもアーティザンでマスターズ覇者に■
今季の世界4大メジャーは、既報のとおりクラブ契約フリーの選手がすべてを制覇した。大手メーカーの巨額の契約金に目がくらむことなく、自分に合うクラブをひたすら追求する姿勢はアマチュアと似ている。そんなギアに目の肥えた選手の活躍は、ギアヲタの筆者には嬉しくてたまらない。
そんな一人、パトリック・リードもまた、「アーティザンゴルフ」の51°と56°を使って「マスターズ」制覇を成し遂げた。今年のはじめはドライバーもアイアンも現在とは別のモデルを使用していたリードだが、ウェッジだけは変わらず「アーティザンゴルフ」。なぜなのか?
⇒パトリック・リード【クラブ契約フリー】で初メジャー制覇!
「アーティザンゴルフ」とは、ナイキがゴルフクラブを撤退後、アイアンやウェッジの職人のマイク・テーラーと、パター開発に長けたジョン・ハットフィールドによって生まれた。元ナイキのR&D「The OVEN」で働いていた職人が生み出したメーカーで、元ナイキ契約のリードの好みを知り尽くしていたのだ。
その後、マイク・テーラーはタイガー・ウッズのアイアン製作にも従事。今年5月にはついに『TW PHASE 1』アイアンを完成させ、そのバッグに収まっている。そして、これはあくまで「フェーズ1」であるため、来季以降には「フェーズ2」が投入されてもおかしくはない。もちろん、職人、マイク・テーラーが従事するはずだ。
■J・ダフナーはNational Custom Worksのアイアン■
春先に見たことのないアイアンを投入したのは、クラブ契約フリーのジェイソン・ダフナーだった。アルファベットは無刻印で、番手ごとに肉盛りの異なる独特の形状はギアヲタの注目の的。これは、「National Custom Works」というマスタークラフトマンの手によるものだった。
「National Custom Works」は、元スクラッチゴルフのメンバーが立ち上げたブランド。10年近く前から日本でも販売されていたブランドで、日本のギアヲタの間でも覚えている人もいるかもしれない。元マグレガーのマスタークラフトマン、ドン・ホワイトと、スクラッチゴルフ創設者の一人であるジェフ・マッコイという2人の職人が手がける。
ダフナーは、職人2人に自分に合う最適なアイアンをオーダーし、それを彼らは形にした。ダフナーは、契約することなく、彼らからクラブを購入して今季を戦っていたのだった。
■“科学者”デシャンボーは元々地クラブユーザー■
最後に、プレーオフで連勝をはたし、年間チャンピオンに一歩近づいた、ブライソン・デシャンボーについて。
彼の高校時代からプロ入りまで、二人三脚で「ワンレングスアイアン」の原型を完成させたのは、カスタムクラブメーカー、「イーデルゴルフ」の創設者、ディビッド・イーデルだった。日本でも「イーデルゴルフ」のウェッジやパターは人気で、愛用者も多いことだろう。
ディビッドは、1つのスイングプレーンで振りたいデシャンボーに対し、苦心して飛距離差の出るワンレングスを完成させた。同じ長さでロフトが異なるだけならば、通常のものよりも距離ピッチが出づらくなる。ディビッドは、ミリ単位でのヘッドの重心とウェイト配置を見直し、デシャンボーにとって最高の結果が出るワンレングスを4年以上をかけて完成させた。
その後、デシャンボーのプロ入りと共にディビッドは斬られた形となり、コブラへと契約が変わった。もちろん、現在の位置にまで上り詰めたのは、デシャンボーとコブラの努力の賜物ではある。
が、今日のデシャンボーの活躍の土台には、職人・ディビッドの飽くなき挑戦と追求があったことを筆者は伝えておきたい。そして、カスタムクラブを手がける職人の力が現代においても色褪せることなく必要とされ続けていることを嬉しく思う。
Text/Mikiro Nagaoka